近鉄・オリックスなどでプロ通算28勝をあげた杜若・田中祐貴監督。「ユウキ」の登録名で記憶しているファンも多いだろう。田中…
近鉄・オリックスなどでプロ通算28勝をあげた杜若・田中祐貴監督。「ユウキ」の登録名で記憶しているファンも多いだろう。田中監督は2010年に引退した後、17年に帝京大可児
のコーチとなった。元中日の加藤翼投手を育てるなど投手育成に定評のある指導者として注目され、22年4月からは母校の監督に就任。就任時は連合チームになる可能性もあった母校を23年夏は県ベスト8、24年夏は県ベスト4と見事に愛知屈指の強豪に引き上げた。今年の夏はプロ注目投手を擁し、優勝候補として臨む。
怪我を見抜く。怪我を見抜くために、見守る
———母校・杜若の監督にはどんなきっかけで就任したのでしょうか?
田中監督 僕を含めたOBたちもザワザワしていたんですよ。「人数が少なくなって、連合チームになる可能性もある」と。そんなときあるOBから「お前、動けるのか?」と言われ、21年の9月ぐらいに杜若の校長先生から「監督になってほしい」という連絡がありました。悩みました。帝京大可児は後に日本ハム入りした大型左腕・加藤 大和が伸び盛りで、彼が卒業するまで面倒をみたいと思っていたんです。ただ母校が廃部になるのは一番恐れていたことなので、引き受けたいと思いました。
———人数はかなり少なかったんですか。
田中監督 当時、次に3年生になる学年には8人、2年生になる学年には4人しかいませんでした。つまり自分が就任する4月までには新入生5人集めないと、9人にならないので、まずは部員集めに奔走しましたね。最初はなかなか話を聞いてもらえず、焦りながらも、なんとか新入生は14名入りました。
これが今年3月に卒業した代になりますね。そこから、一学年、毎年30人前後入るようになり、現在は90名以上もいるチームになりました。
我がチームは寮がないので、地元の豊田市、岡崎市、名古屋市、瀬戸市の中学校の選手たちを中心に来てもらっています。
———野球部に来てから重きを置いて取り組んでいることは何でしょうか。
田中監督 もちろん勝利にこだわることですよね。甲子園出場がないチームなので、勝ち切る姿勢が大事です。ただ、勝ちだけではなく、野球部の価値を高めることも必要でした。当時の野球部は学校からも応援されていないようなチームでした。応援されるには普段の立ち居振る舞いが大事だと考えました
近鉄時代のチームメイトでENEOSの監督だった大久保秀昭さんが「“勝ち=価値”」をスローガンにしていましたけど、この言葉をもらっていますね。
———田中監督は現役時代、故障に苦しみましたが、選手を故障から守るためにどんな対策をしていますか?
田中監督 なかなか難しいですけど、選手が100%自分の状態を正しく伝えてくれたら助かりますけど、ちょっと隠してしまうものなんですよね。だからキャッチボールはずっと見ています。いつもと違う動きを探したら「この選手は痛いんだろうな」と分かります。異変が見えたら止める。こうしてなるべく怪我をさせないようにしています。
僕の経験上、怪我をしないことが一番の成長の秘訣なので。
うまく投げたら、そこから少しずつ負荷をかけていく。しかし負荷をかけすぎてしまうと、壊れてしまう投手のほうが多いので、怪我をしないことを念頭に置いて、それぞれの投手にどれくらいの負荷をかけたほうがいいのかを見守っています。口出ししたくなるんですけど、見守ることが監督の役割だと思っています。教えてほしいといってくれたほうが僕は嬉しいですし、その時は厳しい事は言いますけど、とにかく見守ることが大事だと思います。
僕の指導方針は何かといわれたら、怪我を見抜くこと。怪我を見抜くために、投手を見守る。この2つです。
今年こそ甲子園出場へ

———今年は147キロ右腕の長塚陽太投手(3年)がいますね。入学当初は120キロ台だったと聞きます。
田中監督 彼の場合、適切に指導すれば、どの環境でも140キロ後半の速球を投げられるポテンシャルの高さがあったと思います。それは故障をしなければの話。怪我をせずに、適切な練習を1年生からずっと継続的に行って、怪我をしなければ杜若でなくても、147キロはいけた投手です。
———ただ怪我をさせないで能力を伸ばすのが非常に難しいんですよね。
田中監督 投手を指導する上で難しいのは負荷のかけ方ですね。追い込んでトレーニングをして投げていくのが一番伸びると思います。しかし、負荷のかけ方を間違えると大きな故障につながる。投手によって負荷のかけ方も違いますので、そこの見極めが難しいです。ただ金の卵だからといって、大事に扱いすぎても伸びません。
———長塚投手に話を聞くと、いろいろ考えて取り組んでいるようです。
田中監督 ランニングメニュー、トレーニングメニューを与えたこともないですし、考えて取り組める投手です。高校を卒業して、将来的には155キロも狙える投手だと思っています。
———投げ方もしなやかで良い投手だと思いました。
田中監督 とてもいいですよね。彼を含め、投手陣をどういうコンディションで送り出せるのかは僕の仕事ですので。
———田中監督は投手を見て、野手は部長や、コーチが見られているんですね。
田中監督 野手については諸戸大地部長を全面的に信頼しています。野手についてはノータッチで、諸戸部長の方針のもとでやってもらっています。僕は投手以外は素人なので、口に出すことしません。
———夏へ向けての課題はいかがでしょうか。
田中監督 シードになりましたが、夏は3回戦から6試合戦わないといけません。先述した長塚、下級生から経験のある西脇光世(3年)につづく投手の育成が課題です。
———投手に求めていることはなんですか。
田中監督 先発完投できる投手が理想だと思いますが、完投能力はなくても3イニングはしっかりと抑える能力がある投手、ボールが見にくい、特殊球がある、クイックが早い、フィーディングが上手いとか、相手打者を抑えられる色を持った投手がいいと思います。全員が完投能力がなくてもいいと思います。
———今年の愛知は例年以上に激戦区で、横綱感があるチームはないように見えますが、どう勝ち上がっていきたいと思いますか。
田中監督 チームがシードをとったのは何十年ぶりです。まずは夏初戦をいつも通りに戦って、勝つ。言葉にするのは簡単ですけど、難しい。特別なことをやるのではなく、いつも通りのことを普通にできるようにしたい。
そこからデータが取れて戦略を練ることができるので、子どもたちのプラスになるような采配を僕ができれば、勝てる試合になるんじゃないかと思います。一昨年夏はベスト8、昨夏はベスト4でした。今年は一気に階段を登れるように初の甲子園出場と、7月下旬には子どもたちに良い思いをさせてあげたいと思います。
田中 祐貴(たなか・ゆうき)
1979年6月12日生まれ
愛知県豊田市出身。豊田シニアでプレーした後、豊田市の私学・杜若へ。2年生からレギュラーとなり、2年夏はベスト4、3年夏はベスト8に終わった。制球力の高い本格派右腕として評価され、近鉄5位指名。同球団に田中宏和投手がいたため、登録名「ユウキ」となった。高卒2年目の00年に5勝を記録、01年オフに加藤伸一投手が近鉄に移籍したため、人的補償選手としてオリックスに移籍。移籍1年目の02年に7勝を記録した。それ以降、肩の故障などもあり、最速153キロの速球で圧倒するスタイルから、スローボールを使う技巧派の投球スタイルにモデルチェンジし、先発、中継ぎとして活躍した。08年にヤクルトに移籍し、10年に引退を決めた。一軍での実績は119試合、28勝22敗1セーブ7ホールド。