(11日、第107回全国高校野球選手権茨城大会2回戦、下館工2―9竜ケ崎一=7回コールド) 突然ですが、夏の全国大会の…
(11日、第107回全国高校野球選手権茨城大会2回戦、下館工2―9竜ケ崎一=7回コールド)
突然ですが、夏の全国大会の切符を茨城県勢で初めて獲得したのは、どのチームか知っていますか? 答えは、11日のJスタ土浦での第2試合に登場した竜ケ崎一(当時は竜ケ崎中)です。
1918(大正7)年。当時は現在のような都道府県ごとの代表ではなく、関東で1枠。竜ケ崎中は関東大会を勝ち抜き、勇躍関西入りしたが、折しも富山に端を発した「米騒動」が広がり、大会そのものが中止になった。
同校は悔しさをバネに翌年も関東大会で優勝し、全国大会(当時の会場は鳴尾球場)に出場。以降22年まで全国大会に出場して名を知らしめた。
戦後も4回、夏の甲子園に出場しているが、1990、91年以来、遠ざかっている。現在の川井政平監督は当時を知るメンバーだ。
11日の初戦は、1、2番の1年生コンビが躍動するなどして下館工にコールド勝ちした。川井監督は「先輩の残してきた良き伝統を引き継いで、今の高校生に合った、新たな伝統を築いていってもらいたい。その橋渡しが私の役目だと思います」と話した。
初出場を決めてから107年。くしくも今年は「令和の米騒動」が起こっている。(斉藤勝寿)