カルデナスとのラスベガス決戦を終え、さらに声価を高めた井上。(C)Getty Images井上が歩む平たんではない道のり…

カルデナスとのラスベガス決戦を終え、さらに声価を高めた井上。(C)Getty Images
井上が歩む平たんではない道のり
いまや世界でも「最強」と目されるファイター、井上尚弥(大橋)が歩む道のりは決して平たんではない。
年内は9月14日に名古屋のIGアリーナで実施されるWBA同級暫定王者ムロジョン・アフマダリエフ(30、ウズベキスタン)との団体内王座統一戦と、12月27日にサウジアラビアで予定されるWBC同級1位のアラン・ピカソ(24、メキシコ)との指名試合の2戦。そして年が明けた5月には東京ドームでWBC&IBF世界バンタム級王者の中谷潤人(27、M.T)とのスーパーマッチが予定されている。
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当人はあくまで「群を抜いて最強」と評する難敵アフマダリエフとの防衛戦への集中力を研ぎ澄ませている。しかし、先の先まで試合計画が組まれているのは、ある意味で井上の異端さを物語っていると言えよう。
そんな負けられない戦いが続き、緊張が否応なしに高まるからこそ、井上と陣営はプランの変更も行った。
当初、井上はアフマダリエフ戦後にフェザー級に転身する想定をしていた。3年30億円の超大型契約を結んだ、サウジアラビアの娯楽長トゥルキ・アラルシク氏が陣頭指揮を取る『Riyadh Season』が主催する12月の興行で、WBA世界フェザー級王者のニック・ボール(英国)に挑む予定だった。
灼熱のサウジで突貫小僧の異名を持つ難敵との闘いの末に、井上はふたたびスーパーバンタム級に階級をダウン。来年5月の東京ドームでの中谷戦に向かう未来を見据えていた。実際、大橋秀行会長は、今年1月のキム・イェジュン戦後に「決定ではないですが、(年末には)フェザー級に上げて(WBA王者のニック・)ボールと戦うこともある。そのあと、“戦うべき相手”がいるので、(スーパーバンタム級に)落とす。そういう選択肢もある」と示唆していた。
ただ、年末のサウジ決戦の相手は、スーパーバンタム級のWBCの指名挑戦者であるピカソに変わった。一体なぜ“仰天計画”は路線変更となったのか。
井上は、7月10日にアフマダリエフ戦実施が正式発表された直後に、自身の考えを明確にしている。
「もともとは会長との間でぽっと出た話だった。階級を上げ下げするのは、現実的ではない。立ち位置、現状を見つめ直して、残りのキャリアをしっかりと考えたとき、上げるべき時期は、今ではないと判断した」
階級を上げる――。それは1階級であろうと単純な作業ではない。すべての根幹を成すパワー面の違いを埋めるための肉体改造を必要とし、ウェイトコントロールと筋肉の維持も求められる。それは現階級に転級して約1年で4団体統一を果たした井上と言えど、である。

今やスーパーバンタムの全ベルトを保持し、「世界最強」の称号も授かる井上。Lemino/SECOND CARRER/NAOKI FUKUDA
「『とりあえず階級を上げろ』というのは、自分はどうかなと思う」
もっとも、井上が階級を上げ下げする上でのリスクを取ると筆者は思えなかった。過去にもそうした決断を迫られた際に、異論を唱えていたからである。
それは22年12月のことだった。当時、アラン・ディパエン(タイ)とのWBA・IBF世界バンタム級タイトルマッチを終えたばかりだった井上は、敵なしの強さを誇ったこの時も「近いうちに1階級アップさせるのはないか」と見られていた。
しかし、WBC世界バンタム級王者ノニト・ドネアとのリマッチの可能性も残していた井上は「2022年はそこ(4団体統一)にこだわらなくてもいいと思っている。階級を上げることも視野に入れながら。選択肢はある」と色気を見せつつ、階級上げを求めた世間の声を説き伏せた。
「『とりあえず階級を上げろ』というのは、自分はどうかなと思う」
さらに「パッキャオは本当に稀ですよ。あんな選手は過去にいない」と、6階級制覇(8階級制覇とも言われる)した異端児の名を引き合いに出した井上は、こうも続けていた。
「自分もライトフライ級から少しずつ階級を上げてきた。でもやっぱり、もうひとつ階級を上げるのは慎重にならないといけない。『敵がいないから上げろ』ってみんな言いますけど、階級をひとつ上げるのはそう簡単なものじゃない。それで自分のパフォーマンスが潰されるなら上げることはしない。そこが階級制のスポーツの難しさ。ファンが見たいのは分かりますけど、しっかりと身体をつくってから上げないと意味がない」
無論、2年前とは立場も異なり、求められる水準も違う。それでも今回のサウジ決戦においても「上げるべき時期は、今ではない」とした井上の決断には、階級制スポーツの難しさと向き合いながら養ってきた彼の「最強」を追い求めるボクシング観が垣間見えた。
当然、中谷とのドリームマッチを見据えての判断でもある。「自分自身、中谷潤人選手を高く評価している。スーパーバンタム級で戦ってそこ(中谷戦)に照準を絞って戦いたい」と明言する通り、血気盛んな若武者を万全の状態に迎えるために、やはり階級の上げ下げは「今は不要」と見たのだろう。
より話題性のある戦いを求める周囲の風潮に流されず、我が道を行く“モンスター”。ここから先、来春までの戦いは井上のキャリア後半を占うチャレンジとなるだけに、その行く末は興味深く見守りたい。
[文/構成:ココカラネクスト編集部]
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