<第107回全国高校野球選手権東東京都大会:芝浦工大付5-1日工大駒場>◇8日◇2回戦◇明治神宮野球場 理系の工業大付属…
<第107回全国高校野球選手権東東京都大会:芝浦工大付5-1日工大駒場>◇8日◇2回戦◇明治神宮野球場
理系の工業大付属校同士の対戦となった。日工大駒場は明治末期に創設された東京工科学校が前身となっている。1967(昭和42)年に日本工業大学が創設されたことにより、その系列校という形になった。
芝浦工大付の母体は、私立の工業大学としての歴史は古い。その大学の付属校としての伝統がある。理系進学を目指す生徒たちにとっては人気校の一つにもなっている。
お互いに、野球部に特化して、有力選手を集めてチーム強化をしていくというスタイルはなかなか取れないという状況である。芝浦工大付は以前、荒川河川敷にグラウンドを保有していたが、現在は手放しており、専用球場があるというわけでもない。両校ともに、そうした限られた条件の中で、この夏を迎えた。
猛暑の中で、両チームの先発・芝浦工大付の村上 慶多投手(3年)、日工大駒場の開田 拓真投手(3年)がともに完投した。そのことだけでも大いに称えられていいであろう。しかも、二人とも打線で中軸を担う、チームの大黒柱と言っていい存在である。
村上投手は7回、内野安打を放ってスライディングした際に、アクシデントで両足がつってしまった。それでも、少し中断時間を貰って、その後もマウンドに立ち続けて、しっかりと投げ切って1失点での完投は見事というほかない。
芝浦工大付の古川誠監督も、「足がつってベンチに戻ってきた時は『大丈夫か』とか『頑張れ』とか言うしかないですけれど、彼はそういう言葉にとても反応する男で、それだけで回復してきました。メディカルの人も大丈夫だということでその後も行かせました。一応、次の投手の用意はしていましたけれども、やはりチームの中心でもありますから」と、絶対的な信頼があった。村上選手はその信頼に十分に応えた力投だった。
また、芝浦工大付の勝因の一つとしては、外野守備陣の大健闘があった。グラウンドが狭く、外野飛球などの練習もほとんどできていないという状況の中で、選手たちは常に話し合いながらポジショニングを考えたり、打球の追い方も工夫したりしたという。古川監督も、「生徒たちの成長には頭が下がる思いです」と称えていた。
日工大駒場も、必ずしも恵まれているという環境ではない中で、ひたむきなプレーだった。脱水症状などで何度かの中断はあったが、お互いの力を出し切れたと言っていいだろう。
試合そのものは、決してトップレベルの戦いではなかったかもしれない。甲子園とは、こうした試合が積み重なっていく頂点にあるものなのである。そういうことを多くの人にも認識して欲しいとも思わせてくれる試合でもあった。