■二刀流でいこう! 【野球×ピアノ】 能代松陽(秋田)工藤淳之助さん 能代松陽(秋田県)の昇降口ホールに、グランドピアノ…
■二刀流でいこう! 【野球×ピアノ】 能代松陽(秋田)工藤淳之助さん
能代松陽(秋田県)の昇降口ホールに、グランドピアノが置かれている。誰でも自由に弾くことができる。
昨春の夕方、伊東裕監督(44)が通りかかると、男子生徒が鍵盤をたたいていた。「誰だろう」と思ったら、野球部の工藤淳之助さん(3年)だった。聞いてみると、自分一人でおぼえた、というから、またびっくりした。
奏でていたのは「回る空うさぎ」。SNSのおすすめに出てきた曲で、歌詞というより、ピアノの旋律が胸に響いた。「ピアノの音が重なって一気にさびに入っていくところ。いいなあ、と」
中学2年時の合唱祭だった。クラスの男子生徒がピアノで伴奏した。ピアノは女子生徒が弾くもの、という思い込みが覆り、「かっこいい」と感じ入った。
最初は祖母の家にあった電子ピアノを持ち込んだ。壊れてしまうと、次はリユースショップで買ってもらった。
野球は中学時代、リトルシニア秋田でプレー。合間を見てピアノに向かった。個人レッスンの先生は、もっぱらユーチューブだ。まず右手でメロディー、そして左手は伴奏。ある程度まできたら、両手であわせていった。
「少しずつでも上達していくのが、うれしかった」。さびの部分だけだが、「TRAIN―TRAIN」「小さな恋のうた」など、レパートリーは増えていった。
ピアノが直接、野球に生かされる、とは考えていない。ただ、「弾くと、何も考えなくなります。リセットされる。気持ち的には効果は大きいです」。
高校に入って、秋田市の家から能代市での下宿生活に。ピアノはあきらめかけた1年生の冬だった。あのグランドピアノが昇降口に置かれた。ひそかに喜んだ。
最初に弾いたのは早朝だったはずだ。「あまり目立ちたくないから」。練習が休みの日など、ひとけのない放課後、たまに鍵盤のふたを開けた。知る人ぞ知る野球部のピアノ奏者になった。
高校に入ってピアノに接する頻度が減った分、メリハリがつき、弾けば、より落ち着けるようになった気がする。
2年生の秋から背番号9をもらって先発するようになった。普段から、「自分にしかできないことがあるはず。それでチームの役に立てたら」との姿勢を忘れない。
練習でも意識してファウルを打つときがある。2ストライクに追い込まれたとき、なるべく粘って、出塁につなげるための工夫だ。
ピアノも自分だけの心のコントロール法の一つ。この6月下旬の練習後、約3カ月ぶりにピアノに向き合って、「回る空うさぎ」を奏でてもらった。「やはり楽しいです」。一心に弾き終わって、はにかんだ。(隈部康弘)