今年3月に引退した音無秀孝調教師と小田切有一オーナーのコンビは、多くの珍名の活躍馬を送り出した。その中の1頭がドモナ…

 今年3月に引退した音無秀孝調教師と小田切有一オーナーのコンビは、多くの珍名の活躍馬を送り出した。その中の1頭がドモナラズだ。ここでは11番人気の低評価を覆し、重賞初制覇を果たした10年の七夕賞を振り返る。

 ドモナラズは父アフリート、母アンプルカット、母の父ナリタハヤブサの血統。個性的な馬名の意味は「どうにもならず、腕白者(丹後弁)」。血統のイメージ通り、デビュー当初はダートで走っていたが、4歳を迎えて芝に転向。これが吉と出て、徐々に出世の階段を上がっていった。5歳2月にオープン昇級後は苦戦が続いていたが、軽ハンデを求めて七夕賞に参戦。このチャレンジが大正解だった。

 単勝19.8倍の11番人気で迎えた一戦、ドモナラズは後方から運んだ。前半1000mは61秒0のスローペース。それでも鞍上の柴田善臣騎手は動かなかった。3〜4角で外目に持ち出し、直線で大外へ。そこからグイグイと脚を伸ばすと、先に抜け出したバトルバニヤン、一緒に脚を伸ばしたアルコセニョーラやサンライズベガとの大接戦を制し、先頭でゴール。柴田善臣騎手は宝塚記念のナカヤマフェスタ、ラジオNIKKEI賞のアロマカフェに続き、3週連続の重賞制覇。鞍上の勢いを味方につけての戴冠でもあった。

 このレースではラジオNIKKEIの舩山陽司アナウンサーの「どうにかなったドモナラズ!」の名実況も生まれた。その後は勝利を挙げることができなかったドモナラズだが、その馬名とともに、七夕賞で見せた一世一代の走りを語り継いでいきたい。