サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回のテーマは、生命に不可欠なもの。

■ペットボトルの中は「冷たいまま」

 またまた私が監督をしている女子チームの話になる。練習中に私がほとんど水を飲まないのを見かねて、「オースミさんも飲んでね!」と、選手たちは母親のように声をかけてくれる。しかし「飲水不可時代」に選手生活を終えた私は、スクイーズボトルから飲むのがひどく不得手で、ボトルの口を引っ張って空中から放出すると、口にはあまり入らず、決まってシャツをビショビショにしてしまう。

 そこで私は、練習前に自動販売機でペットボトルに入った水を買い、それを飲むことにした。しかしもちろん、真夏の炎天下、人工芝のピッチの上に置かれたペットボトルはたちまちぬるくなり、やがてお茶を入れられそうな熱湯になってしまうのである。

 数年前、それを見ていた選手たちが思いがけないものをプレゼントしてくれた。「ペットボトルクーラー」である。ねじ式の上部の口を外し、冷たいペットボトルを入れて口を閉めると、ペットボトルが固定される。上部にはペットボトルのセンの部分が出ているから、そのまま開けて飲むことができる。

 これが非常な「スグレもの」だった。炎天下に2時間置いておいても、外側は熱くなるが、あーら不思議、ペットボトルの中の水は冷たいままなのだ。以後、私は、練習や試合だけでなく、夏の取材にはこの「ペットボトルクーラー」を欠かさないようにしている。

 人間の心理は興味深い。取材している試合で「飲水タイム」が取られると、見ているほうも無意識に机上のボトルに手が伸びる。東京V×川崎のような「熱戦」の後半なかばになっても冷たい「ペットボトルクーラー」の麦茶をのどに流し込むと、選手たちと同じように最後の力を振り絞れるような気がするのは、私だけだろうか。

■「優勝」を狙える位置にいた浦和

 半世紀を超すサッカー取材生活のなかで、あやうく熱中症、あるいは脱水症状に陥りそうになったことが一度だけある。

 2006年、ヴァンフォーレ甲府がJ1に初昇格を果たした年である。甲府の小瀬競技場に、初めて浦和レッズが遠征した。ここまで、大木武監督率いる甲府は得意のショートパスサッカーで健闘して13位。ギド・ブッフバルト監督率いる浦和は2位で、初優勝を狙える位置にいた。

 7月29日。当日の公式記録を見ると28.1度、湿度62%とあるが、梅雨空け直後で、とにかく猛烈に暑い日だった。午後6時半キックオフの試合に備えて、5時過ぎにはスタジアムに入ったが、浦和から大量のサポーターが自動車を連ねてやってきたこともあり、すでに「超満員」であった。「超」の字はけっして誇張ではない。公式記録には、「入場者数17,000人」とある。ピッタリこの競技場のキャパシティの数字である。実際にはこの「満員」を大きく超える人が入っていたに違いない。

 夕食を買うべくスタジアム2階の売店に行った。しかし長い行列に並ぶハメになり、なんとか弁当は入手できたが、飲み物を買う時間はなく、記者控え室に戻った。しかし、そこでも、スタジアムに着いたときには大きな給水ポットに用意してあったお茶が「売り切れ」になっていた。仕方なく飲み物なしで弁当を食べ、記者席に向かった。

■遅かった「給水」のタイミング

 ハーフタイムには、のどの渇きでもう気が変になりそうだった。私はスタジアムを出て公園内の自動販売機に走った。だが無常にも、すべての飲み物に「売り切れ」の赤いランプが灯っている。ガックリとうなだれて記者席に戻った。なんとか後半を取材し、記者会見に出て記事を書き、東京の新聞社に送ってスタジアムを出たのは、午後10時過ぎだっただろうか。

 私はあえぐように運動公園の端まで10分近く歩き、ようやく「売り切れ」ではない自動販売機を見つけた。すぐに小銭入れを取り出し、水を1本買うと、その場でグビグビと飲んだ。あっという間に500ccのボトルが空になり、私は手にしたままだった小銭入れからまたコインを取り出し、もう1本買った。それを半分ほど飲んだところで、ようやくひと息つくことができたのである。

 真夏の暑い日、自動販売機で買う冷え冷えの飲み物ほどおいしいものはない。しかし、買ったばかりの500ccのボトルを一気に半分近く飲んでしまうと、「給水が少し遅かったな」と反省する。キャップを開けて100ccほど飲んで気が済むぐらいが、私の年齢ではちょうどいい「給水」のタイミングではないだろうか。

 そう考えてみると、あの「甲府の夜」は、もしかしたら、本当に「危険」な状況だったのかもしれない。以後、何ごとにも臆病な私は、そんな危機に陥らないよう、記者室に行けば冷たいペットボトルが用意されていると知っていても、スタジアムに着く前にコインを片手に自動販売機に向かってしまうのである。

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