サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回のテーマは、生命に不可欠なもの。
■簡単に破裂した「ビニール袋」
1986年6月21日、グアダラハラで行われた準々決勝注目の一戦、ブラジル×フランスも、当然のことながら12時キックオフだった。この日は、フランスを率いるスーパースター、ミシェル・プラティニの31回目の誕生日であるとともに、この年の「夏至」に当たっていた。北緯20度40分のグアダラハラ。正午の太陽は、「南中」どころか、「中天」を通り越し、わずかに北に偏ったところにあった。標高1566メートルといっても、格別な暑さだった。
そんな大会で始まったのが、試合中の飲水だった。
方法はえらく粗雑だった。小さな透明の薄いビニール袋に水を入れ、口をしばってソフトボール大にする。プレーが止まったときなどにそれをトレーナーがピッチ内の選手にいくつも投げ入れるのである。選手はビニール袋を引きちぎって中の水を飲む。ときどき、選手がキャッチしそこねてピッチに落ちると、ビニール袋は簡単に破裂し、選手ののどを潤す代わりに、炎天下でやはり水に飢えているに違いない芝生をわずかに潤した。
その16年前、1970年のメキシコ大会は、初めての「高地大会」として注目されていた。どのチームも2年前のメキシコ・オリンピックでの知見を生かし、高地対策を練ってメキシコ入りした。しかし、実際にパフォーマンスに大きな影響を与えたのは、高度よりも、オリンピックが行われた10月とはまったく違う、6月のメキシコの「暑さ」だった。16時キックオフの試合が多かったとはいえ、メキシコの太陽は高く、暑さが選手たちの足を止めた。
その経験を生かし、1986年大会前、とくに欧州のチームは、準備段階で「暑熱対策」を考え抜いた。そのひとつが「試合中の水分補給」だった。粗雑な方法ではあったが、これはかなり効果があった。デンマーク、イングランドといった本来暑さにあまり強くないチームが高いパフォーマンスを示し、大会は盛り上がった。
■西ドイツが用意した「赤と黄」2種類
1970年代まで、「競技中の飲水」はタブーだった。私が高校生のときには、先輩から「水を飲むと腹が痛くなってプレーできなくなる」と練習中の飲水厳禁を言い渡された。マラソン競技では、今では5キロごとの給水ポイントは常識だが、1人20キロ前後走る大学の箱根駅伝で「給水」が始まったのは1996年のことだったという。東京オリンピック(1964年)のマラソン競技では、係員が紙コップに入れた水を選手に手渡す給水所がコース中に数か所用意されていたが、優勝したアベベ・ビキラ(エチオピア)は、レース中まったく水をとらずに42.195キロを走り抜いたと言われている。
それが当時の「スポーツの常識」だった。だから1986年ワールドカップでの光景は衝撃だった。同時に「もっとスマートにできないのか」とも思った。
4年後の1990年ワールドカップ・イタリア大会では、チームが飲水用のボトルを用意し、何かあるとトレーナーがカゴにボトルを十数本入れて負傷者のところにかけつけ、周囲の選手たちがそれをとって飲むようになっていた。
西ドイツのトレーナーは、なぜか黄色と赤の2種類のボトルを用意し、西ドイツ選手たちは黄色いボトルを取り出して飲んだが、たまに相手チーム選手が来ると赤いボトルを手渡していた。私は、赤のボトルには下剤か何かが入っていて、パフォーマンスを落とすのではないかと疑い、その水を飲んだ選手を追いかけたが、結局、何ごともなく試合を終えた。
■コロナ禍が起こした「大きな変化」
1990年代には、柔軟性のある形状記憶プラスティックを使った「スクイーズボトル」が主役となる。口のところを引っぱるだけでセンが開くという、とても便利なものである。選手たちはボトルを高く上げ、両手でボトルの胴体を押して水を放出し、ボトルに口をつけずに水を飲む。あっという間に普及した。
ただ、飲み終わり、手のひらでぽんと叩いて口を閉めるまではいいとしても、どの選手もそれをピッチ外に放り投げるのは、どうもお行儀が良くないように感じられてならなかった。きれいに立ち並べてあったボトルが、何人もの選手が飲んだ後にそこらに転がっている光景は、あまり見映えがよくない。ボトルの底に「重し」をつけて、投げ捨てられても「だるま」のように立つようにしたらどうだろうと、何度も考えた。
大きな変化が訪れたのは、2020年に始まった「コロナ禍」が原因だった。口はつけないとはいえ、1本のスクイーズボトルを何人もの選手で使うのは「危険」と、クラブによっては個々の番号を印したスクイーズボトルを用意したり、あるいは、小さめ(200~300cc)のペットボトルを用意して「使い捨て」にした。コロナ禍が収束した現在も、ペットボトルの使い捨てというクラブが多いようだ。いったい、1試合に何本のペットボトルを用意するのだろうか。