2006年の”エース対決”は、今でもくっきりと脳裏に刻まれている。 当時は『プレーオフ』が…
2006年の”エース対決”は、今でもくっきりと脳裏に刻まれている。
当時は『プレーオフ』が正式名称だったパ・リーグの頂上決戦、その第1ステージは、リーグ2位のライオンズと3位のホークスが激突した。その初戦、先発のマウンドを託された”二人のエース”は、防御率がリーグ1位と2位、勝ち星もリーグトップの18勝と17勝、奪三振は205と200、”エース対決”に相応しい数字を叩き出していた。

CSファーストステージ初戦で完封勝利を挙げた西武・菊池雄星
その二人とは、このシーズン、投手5冠に輝いたホークスの斉藤和巳と、満を持してメジャーへ移籍する直前のライオンズ、松坂大輔だ。
得てしてエース同士が投げ合うと、ともに早々に崩れる打撃戦になったりするのだが、この日は圧巻の投手戦。斉藤が真っ向から投げ下ろすストレートと落ちるボールでライオンズに力勝負を挑めば、松坂は手にした技術のすべてを駆使して、力強さにしなやかさが加わった完成度の高いピッチングを披露する。
この試合は、1-0で松坂が斉藤に投げ勝った。
当時、二人は『エース』について、こんな話をしていた。
「エースに求められるのは負けないピッチングをすることだと思います」(松坂)
「エースというのは大事な試合を任されるピッチャーだと思っています」(斉藤)
エースとは――突出した数字を叩き出すと、ピッチャーはしばしばこの問いを投げ掛けられる。問われるまでもなく、その答えを探していたピッチャーもいれば、問われて初めて自らの想いを言葉にしようとするピッチャーもいる。
あれから11年。
斉藤、松坂の投げ合いに匹敵する、大一番での”エース対決”が実現した。防御率はリーグ1位と2位、勝ち星はリーグトップの16勝と、ひとつ及ばぬ15勝。そして奪三振は217と222――ともに200を超える三振を奪ったピッチャー同士のプレーオフでの投げ合いは、11年前の松坂と斉藤の対決以来のことだった。
2017年10月14日、パ・リーグのクライマックス・シリーズ、ファーストステージ第1戦。
リーグ2位のライオンズ、先発は菊池雄星。
リーグ3位のイーグルス、先発は則本昂大。
防御率、最多勝利を獲得した菊池と、4年連続で奪三振のタイトルを手にした則本が投げ合う舞台は、奇しくも11年前と同じ西武ドーム(現メットライフドーム)だった。そんなエース対決を盛り上げるのに、じつはこの球場はうってつけだ。今ではブルペンが室内に設置されているところがほとんどで、先発ピッチャーが行なう試合前のブルペンセッションをナマで観ることはなかなか叶わない。しかしここはブルペンが内野スタンドのすぐ前にあるため、一塁側で投げる則本、三塁側で投げる菊池を同時に視界の中に捉えることができる。
二人が同時に投げていたのは、試合前のわずか10分ほど。両サイドのブルペンで、それぞれのチームを背負うエースが、相手を威圧するかの如く、ミットを弾く心地よい音を立てている。野球好きにとっては至福のときだ。100メートルほど離れたところでボールを投げるお互いの存在を、彼らは緊張感が漂う空気の中で感じ取っていたに違いない。思えば今年、則本に『エースとは』と訊いてみたら、彼はこんなふうに言っていた。
「僕の中で”エース”はどこまでいっても田中(将大)さんなんです。ルーキーの年にあの記録(シーズン24勝0敗)を見ちゃいましたから、あれはもう人間の成せる業(わざ)じゃないでしょ。勝ち続ける中でいつも通りの投球をして、また勝つという精神力は、なかなか持てるものじゃないし、今年はとくに岸(孝之)さんや美馬(学)さんの状態もよかった。僕もそういう安定した投球をしたいんですけど、なかなかできてないので、エースなんてとてもとても……僕はジョーカーでいいんです(笑)」
一方の菊池はこんな話をしていた。
「高校時代、よく言われました。『マウンドというのは世界一、小さい山だ。だけど世界一、登るのが難しい山だ』と……ホント、その通りだと思います。だから人の嫌がることを進んでやるとか、チームメイトを信頼して感謝するとか、そういうことができなければとても登れない山だと思うんです。そうやって登った山ですから、簡単には降りたくありません。最後まで投げ切りたい。ゲームセットの瞬間をマウンドで迎えられたときって、ピッチャーをやっていて本当によかったと思える瞬間ですからね」
菊池と則本が投げ合う、ライオンズ対イーグルスの一戦、試合が始まった。
先にマウンドへ上がった菊池は、スパイク6足分を測って、その先に踵でラインを引いた。今シーズンの成績は16勝6敗、防御率は1.97。とりわけイーグルス戦は8戦8勝、防御率0.82と、菊池はイーグルスに対して絶対的な自信を持っていた。それでもCSは菊池にとって初めての舞台とあって、立ち上がりが不安視されていたのだが、その1回、先頭の茂木栄五郎に対し、インコースを狙ったストレートがやや甘く入ったところをいきなりレフト前へ運ばれてしまった。2番の藤田一也に送りバントを決められ、ワンアウト2塁。ここで3番のカルロス・ペゲーロ、4番のゼローズ・ウィーラーを迎える。マウンドの菊池は、こう考えていた。
「前に飛ばしたら何かが起きるかもしれないんで、初回に限らず、ランナーがいるときには全部、三振を取るつもりで投げてました。ランナーが出てからギアを上げられていたのが今年だと思うので、ランナーが出てからはとにかく全力でいきました」
菊池はこのピンチでインハイのストレートとアウトコースのスライダーを振らせて、ペゲーロをあっという間に追い込んだ。最後はボールゾーンへ逃げていく外のスライダーで空振り三振。続くウィーラーに対しても、膝元のストレートで見逃し、アウトハイのストレートを振らせて追い込み、外いっぱい、155キロのストレートにバットを出させず、見逃しの三振に斬って取った。言葉通り、得点圏にランナーを背負ってからギアを上げてみせての連続三振で窮地を乗り切り、菊池は難しい立ち上がりをゼロに抑えた。
あとからマウンドへ上がった則本は、マウンドにしゃがみ込んでロージンバックの上に手を置き、心の中で何かを祈った。今シーズンの成績は15勝7敗、防御率は2.57。シーズン最後の登板で菊池を上回って4年連続で最多奪三振のタイトルは手にしたものの、勝ち星、防御率ともに、今年の則本は菊池に後れを取っていた。
その則本の立ち上がり、2番の源田壮亮にデッドボールを与えて、ワンアウト1塁。スライダーが切れすぎて振りに来た源田の左太ももに直撃したのだが、振っているというバッテリーのアピールは認められず、3番の浅村栄斗を迎えた。その2球目、則本は内角高めのストレートを浅村に振り抜かれた。先制のツーランホームラン――エース対決、先に点を失ったのは則本だった。
しかも則本、この一発のあともボールを思うように制御できない。4番の山川穂高に投じたフォークはいずれも低く、あっさり見逃される。6番の外崎修汰にはカーブが引っ掛かる、抜ける、決まらない。明らかにいいときの則本とは違っていた。イーグルスの行木茂満スコアラーがこんな話をしていた。
「則本はここ(西武ドーム)のマウンドと相性が悪いんですよ。マウンドが低くて傾斜がほとんどないから、フォークが落ちにくい。則本のフォークはストレートと同じ軌道からストンと落ちるのが持ち味なんですが、ここで投げるときには押し出すように投げざるを得ないから、相手バッターに見極められてしまうんです」
初回は2点で食い止めた則本だったが、3回に崩れてしまう。アウトコースへのストレートをことごとくボールと判定され、リズムが狂ってしまったのだ。そうなると甘いところへ投げざるを得なくなるスライダーを、中村剛也に、炭谷銀仁朗に狙い打たれた。さらに秋山翔吾には151キロのストレートを逆方向へ弾き返され、源田にはフォークを拾われた。スライダーもストレートも、フォークも打たれて、則本はこの回、一挙に5点を失ってしまう。結局、この日の則本は、プロ5年目でワーストとなる6つの四死球を与え、奪った三振はたったの1個。4回105球、7失点でマウンドを降りた。以下は試合後の則本のコメントである。
「大事な試合で情けないピッチングをした。調子は悪くはなかったが、細かいコントロールがなかった。それがすべて。シーズンで結果を出しても、こういう試合で勝てなければ何もならない。試合を作れずに申し訳なかった」
則本をマウンドから引きずりおろした時点で7点差がついており、ライオンズの首脳陣は先を見据えて、菊池に交代のタイミングを打診した。しかし、菊池は続投を願い出た。
「7点目が入った4回からは、あまり考えてもよくないとは思いながら、明日以降につながるピッチングができればなと思ってました。というのは、明日の先発の十亀(剣)さんは投げ方が僕とは真逆ですから、なるべく僕が投げれば、明日、角度が変わることになっていいのかなと思ったり……だから代わるかと相談されたんですけど、最後までいかせてくださいと言いました」
左のオーバーハンドの菊池が最後まで投げ続ければ、イーグルスの打線が翌日の先発、右のサイドハンドの十亀に目が馴れず、思うように対処できなくなるのではないかという菊池は、だから点差が開いても投げ続けた。菊池はイーグルス打線に一度として連打を許さず、ヒット5本、9つの三振を奪って、CS初登板を見事、完封で飾ってみせたのである。試合後、菊池はこう言った。
「(則本に)気持ちで負けないようにと思って投げてました。こっちが少しでもスキを見せれば、絶対、ギアを上げてくるので、点差が開いても絶対に(相手が)いけるかもしれないというスキを見せたくないと思ってました。シーズン中から、1本もヒットを打たれたくない、絶対に勝つと思ってやってますし、(CSだからといって)何も変わるところはなく、緊張もせず、むしろワクワクしながら投げられました」
ファーストステージの第1戦で完封勝ちを果たしたのは、2006年のエース対決を制した、あの松坂以来。しかも、ファーストステージの第1戦を取りながら、その後に連敗を喫して次のステージへ進めなかったのも、パ・リーグでは2006年のライオンズ以来のことだった。皮肉にもエース対決を制した菊池のシーズンはここで終わり、敗れた則本にはファイナルステージでホークスを相手にリベンジの機会が与えられた。野球の神様というのは気まぐれなもの。思えば則本が今年の夏、こんな話をしていたことがあった。
「野球の神様ですか? いると思いますよ。だから僕、徳を積んでます。何か、いいことがあるようにね。野球の神様は……おじいちゃんというより、おばあちゃんじゃないですか。優しい感じのね(笑)」
菊池の想いも背負って、福岡のマウンドに則本が立つ。強い、強い、ホークスを相手に投げる則本に、野球の神様は次、どんな物語を用意しているのだろう――。