復帰マウンドに向け、術後の経過を慎重に見ながら、調整を続けてきた高橋。そんな左腕の再起に向けた道のりは平たんではなかった…

復帰マウンドに向け、術後の経過を慎重に見ながら、調整を続けてきた高橋。そんな左腕の再起に向けた道のりは平たんではなかった。(C)産経新聞社
“完全体”ではなかった昨年の登板
“不死鳥”がマウンドに戻ってきた。6月18日のウエスタン・リーグの広島戦で阪神の高橋遥人が、昨年10月13日に行われたDeNAとのクライマックスシリーズ・ファーストステージ第2戦以来、248日ぶりに公式戦での登板を果たした。スコアレスの9回に2番手でマウンドに立った左腕は、直球の最速は151キロを計測するなど、広島の若手打者を圧倒し、3者凡退の零封でリハビリ登板を終えた。
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「野球をしたいと思ってリハビリしてきた。そういう意味では(登板が)うれしかったし、楽しかった」
29歳の左腕には「復帰登板」というフレーズが常につきまとってきた。2018年の阪神入団以来、度重なる故障に悩まされ、今回も昨年11月上旬に受けた「左尺骨短縮術後に対する骨内異物除去術」からのカムバックだった。
長く、そして地道なリハビリを、高橋は不屈の闘志で乗り越えた。プロ入り後、実に5度目を数えた手術は23年6月に受けた「左尺骨短縮術」の際に左手首に埋め込んだチタンプレートを除去するものだった。
昨年は8月に1軍昇格を果たすと、ローテーションの一角を担って4勝を挙げるなどチームに貢献。ただ、左手首にはプレートが埋まったままで投げており、“完全体”ではなかったと言える。本人の希望に球団も理解を示し、シーズンオフに手術を受けることになった。
「取ったもの(プレート)を見ると大きいな、ネジも長いなと。これを取ったら、もう少し動くんじゃないかと。まだ全然動かないが、少しずつ可動域を広げていきたい」
手術を受けた愛知県内の病院を退院した直後、報道陣に対応した高橋は、そう静かに意気込んだ。
昨年に当人を取材する中で何度も聞いたのが、「まだプレートが入ってるんで……」という言葉だった。利き手となる左手首の可動域は100%満足いくものではなかったはずだ。ただ、裏を返せば、筆者には“プレートが取れたらもっと凄いボールが投げられる”という、とてつもない伸びしろにも聞こえた。

タフなリハビリを乗り越えようとする高橋を「不死鳥」と呼んだ藤川監督。その言葉には、左腕への期待が詰まっている。(C)Getty Images
過去の自分にサヨナラを告げる正真正銘の完全復活を
昨年末にはキャッチボール、そして今春のキャンプではブルペン投球も再開した。それでも、実戦復帰への道のりは、簡単なものではなかった。
「思ったより長いなっていうか。プレートないから前よりも(リハビリの進捗は)早いかなって思ったんですけど、やっぱり筋肉を大きく切ったらなかなか回復していかないんだなって改めて思った」
手首からプレートが無くなったとはいえ、メスを入れた事実に変わりはなく、リハビリの進捗はしばらくの間、一進一退の状態が続いた。5月に入ってようやくコンスタントに投球練習を行えるまでにステップアップ。徐々に球数も増やしていき、先日の実戦登板にこぎつけた。
左手首にあった“異物”が無くなったことは高橋にとって、投球のパフォーマンス面だけでない心理的な良い影響も生んでいた。
「自分の中で一番大きいのは『プレートが入ってるからしょうがない』って思わなくなったという。まだまだ上を見られる。まだまだ良くなるっていう感じです」
昨年は「プレートがあるから」と状態を上げていく過程で感じていた“壁”が、今年は取り払われ、向上心のおもむくままに復帰への道をまい進してきた。その伸びしろが、数字になって表れたのが、球速の部分だろう。
昨年の復帰後、ほとんどの試合でハイクオリティーな投球を披露していた高橋だが、球速に関しては「もうちょっと球速が上がって欲しい」と漏らしたこともあった。そんな中で、先の広島戦で投じた直球の最速は自己最速にあと1キロに迫る151キロを計測。投じた直球7球のうち5球が150キロ台をマークし、「思い切り投げたからこそ出た数字」と確かな手応えを感じていた。
そして、復帰2度目の登板で高橋はさらなる進化を披露した。6月25日のウエスタン・リーグのくふうハヤテ戦は、地元・静岡での先発マウンドだった。ここで前回に続いて最速151キロを叩きだした直球に加え、今季初めて実戦で投じたのが、カットボールだった。
「(カットボールは)プレートを抜いて投げやすくなったっていう感じはあります。しっかりコースに投げられた」
昨年はプレートの影響で「まっすぐ系が一番投げづらくなった」と振り返る高橋にとって、そのプレートがなくなって生まれた利点は直球だけではなかった。球速がアップした直球と打者の手元で鋭く変化するカットボールが“新・高橋遥人”の大きな武器になり得ることを示した。
今季がプロ8年目。キャリアの中で大事な1年になることは間違いない。「次代のエース」や「球界屈指のトッププロスペクト」として注目されてきた左腕も11月で節目の30歳となる。もう期待の若手というカテゴリーからは完全に外れている。問われるのは結果のみで、本人もそれは重々、分かっている。
「(手術は)これで終わりにしたい」――。昨年末、長いリハビリを前にそう決意を口にしたのを覚えている。待たれる1軍復帰。何度も故障からはい上がってきた高橋を“不死鳥”と称したのは、藤川球児監督だ。ただ、はい上がるのはこれで最後。背番号29は、故障に泣き続けた過去の自分にサヨナラを告げる正真正銘の完全復活を見せる。
[取材・文:遠藤礼]
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