■「2年間の成長」(2)近江兄弟社 中田大貴選手(第107回全国高校野球選手権滋賀大会の開幕前連載) 2年前の滋賀大会3…

■「2年間の成長」(2)近江兄弟社 中田大貴選手

(第107回全国高校野球選手権滋賀大会の開幕前連載)

 2年前の滋賀大会3回戦。近江兄弟社のエース山田禄(ろく)さん(当時3年)は、三回に滋賀学園から5連打を浴びた。

 そのとき、三塁からマウンドの山田さんに近づき、声をかけた選手がいた。当時1年の三塁手・中田大貴選手だ。

 三回途中で0―5。厳しい展開だったが、「こっからでもいける」。そんな言葉をかけた。

 だが、チームは0―10で六回コールド負け。山田さんら3年生の「夏」が終わった。

 中田選手は1年生で唯一のベンチ入り選手でレギュラーだった。周りは頼りになる先輩たち。「気楽にプレーしていた。すごい楽しかった」

 自分が3年生になって迎える2年後の夏――。まさか自分が投手になっているとは、このときは想像すらしていなかった。

 彦根市出身。ほかの高校からの誘いを断って、近江兄弟社に入った。好投手の山田さんといっしょにプレーがしたい、という思いもあった。

 入学して間もない春の県大会から出場し、それからずっとレギュラーだ。「中田には感性がある」と森地道之監督(49)。ポジションは主に内野手で、攻撃の中心も担ってきた。

 2年生のときに、チーム事情でマウンドにも上がるようになった。自分たちの代になると主将も任され、まさしくチームの柱になった。

 投球の最速は130キロ台。投手をするようになって生きたのが、1年生のときに内野の守備位置から見ていた、マウンド上の山田さんの姿だ。ピンチのときに、三塁手の中田選手のほうに目を向けるなど、間(ま)の使い方がうまかった。

 山田さんは大学生活を送っているが、いまも練習を見に来てくれたり、食事に連れて行ってくれたりする。そこで、山田さんが3年生だったときに受け継げなかった投球術などを教えてもらっている。

 その成果が出たのが、今春の県大会だった。3回戦で2年前の夏に大敗した滋賀学園と対戦した。敗れはしたが、中田選手は完投。0―1の惜敗だった。

 1年生の春から試合に出続け、とうとう迎えた3年生の夏。「自分が引っ張っていかないといけない」という強い自覚がある。

 「大貴がおらな、このチームはないようなもの」。クラスメートでもある安藤舷真(けんしん)選手はそう表現する。チームの「魂」のような存在なのかもしれない。

 チームのこの2年間での最高成績は、2年前の秋の県大会8強だ。だが、滋賀学園など上位校との差は徐々に縮まっている、と中田選手は感じている。

 とにかく負けることが嫌い。そんな性格も相まって、この夏は自分が投げてチームを勝利に導く、という気持ちが強い。「最後、自分のやれることを出し切りたい」

 これまでは内野手の背番号をつけて、マウンドに上がっていた。「一番いい選手が1番をつける。1番をつけている選手がエースで、エースは特別」と森地監督。

 2年前には想像できなかった、投手として臨む最後の滋賀大会。つける背番号は、憧れていた山田さんと同じ「1」だ。

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 第107回全国高校野球選手権滋賀大会が7月6日に開幕する。記者は滋賀の高校野球を担当して3年目。2年前の夏に1年生だった選手の「成長」を伝える。(仲程雄平)