ノーマンの一撃に屈した佐々木。防戦一方となった挑戦者の戦いは何を残したのか。(C)産経新聞社重鎮プロモーターが笑った決戦…

ノーマンの一撃に屈した佐々木。防戦一方となった挑戦者の戦いは何を残したのか。(C)産経新聞社

重鎮プロモーターが笑った決戦

「素晴らしいパフォーマンスだっただろう?(That was some performance, right?)」

 WBO世界ウェルター級王者のブライアン・ノーマンJr.(米国)を抱える米興行大手『Top Rank』の重鎮プロモーターであるボブ・アラムはアリーナからの去り際、筆者を見ると嬉しそうな笑顔でそう伝えてきた。

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 近年のアラムはどんな質問も答えてくれるようになったが、単なる挨拶以外で自ら声をかけてきたのはこれが初めてだったかもしれない。そんなエピソードからも、93歳の老プロモーターがどれだけ上機嫌だったか、そして、その理由となったノーマンの強さがどれだけ見事だったかも伝わってくる。

 6月19日、大田区総合体育館で行われたWBO世界ウェルター級タイトルマッチで、王者ノーマンは、挑戦者・佐々木尽(八王子中屋)に圧倒的な5回KO勝ちを収めた。初回に2度のダウンを奪うと、以降も主導権を掌握。5回に迫力たっぷりの左フックで戦慄的なKO勝ちを収めるまで展開し続けた冷静かつパワフルなボクシングは、ほとんどパーフェクトだった。

「彼はパンチを出したあと、隙ができていた。それを見抜いていたので、まず相手にパンチを出させ、そこを突いていった」

 その言葉通り、相手を完全に見切った上でのフィニッシュは、2025年の年間最高KOの有力候補になるだろう。そんな強さに感銘を受けたのはいわば“身内”のアラムだけではもちろんない。リングサイドで試合を見たあるプロモーターは、「強かったね。(日本のファンに)強い選手を見てもらえて良かった」と感嘆。解説を務めた元WBA世界ミドル級王者・村田諒太氏も、「本物を見た気がします」と話していたのが印象的だった。佐々木の戴冠を楽しみに会場を訪れたファンの中にも、24歳の王者の卓越した技量が見られたことに感謝していた人は多かったのではないか。

「一緒に歴史を変えましょう」

 そう何度も言い放ち、日本人史上初の世界ウェルター級王者を目指した佐々木だったが、初の大舞台は惨敗に終わった。試合開始40秒で左フックを浴びてダウン。その後にもう1度ダウンを追加され、初回で心が折れても不思議はない絶望的な戦況となった。それでも必死に奮闘したが、技術レベルには大きな差があり、世界は遠かった。佐々木の生命線であるパワーでも明白に上回られていた姿が、この階級の凄みを物語る。

「最後はああいった結末になったが、それは私が彼を時間かけて疲れさせ、やるべきことをやったからだ。彼自身も19勝17KOを積み上げられるだけの選手だった。初回に2度のダウンを奪ったが、すぐに立ち上がった。それが彼の強さだ」

 ノーマンとその陣営の言葉や立ち振る舞いには日本へのリスペクトと気配りが感じられ、試合後に佐々木を称えた言葉には多分に社交辞令があったのだろう。それでもこれだけのビッグステージで、“佐々木らしさ”を随所に見せたことも事実だった。

記憶にも残るノックアウトを生んだ挑戦者の姿勢

 入場時は本場顔負けの派手なリングインでスター性を感じさせ、ゴング後も勝利を信じて戦い続けた佐々木。ボディージャブを多用し、普段よりも右を使おうとする工夫も見て取れた。近年のアメリカの多くのボクサーがそうであるようにダメージを受けた後は逃げ回るのではなく、最後の最後まで後には引かなかった。

 敗戦が不可避であっても決意を持って全力を尽くすことの形容として、英語には“Go down swinging”という表現がある。全力パンチを振り回しながらリングに沈んだ佐々木の負け方はまさにそれであり、観客を戦慄させ、同時に記憶にも残るノックアウトが生まれたのは挑戦者のそんな姿勢ゆえだった。

 そもそも挑戦機会を得ることすら容易ではない階級である。可能な時に世界戦を組んだことも、自身の戦い方を貫いて敗れたことも、ここで恥じる必要はまったくない。

 ただ……、今後に再起し、あくまで「世界」を目標とするなら、極めて大きな差を突きつけられたのは紛れもない現実だった。今のノーマンはもうハイレベルの王者の域に達したように見えるが、それに近い位置にいるコンテンダーの層もウェルター級は厚い。

 実はノーマンにしても、ほんの1年強前までそれほど目立つ存在ではなかった。両拳の故障もあって2023年11月まで無名選手相手に3連続判定勝ちに終わり、トップランクからもそれほど熱心なプッシュを受けていたわけではない。それが昨年5月以降、世界戦で3連続KO勝ち。試合内容も素晴らしく、世界戦々突入とともに自信をつけることで覚醒した印象がある。

「世界王者になったら、もうそれでやり遂げたと考えてしまいがちだ。(ただ、)王者になるのは簡単ではないが、防衛するのはもっと難しい。ジン・ササキが実際にアメリカに来て、挑戦状を叩きつけたように、王者になると追ってくる選手が増える。これから他にもそういう選手が出てくるだろう。昨日やり遂げたことに満足している場合ではない。大事なのは今日。仕事が終わることなく、前に進み続ける」

 ノーマンのそんな言葉は、ウェルター級には王者ですら警戒するコンテンダーがたくさんいることを指し示す。佐々木が戦っているのはそんな階級なのである。WBA、IBF王者のジャロン・“ブーツ”・エニス(米国)がスーパーウェルター級への昇級を表明し、近いうちに複数王座が空位になることはタイトル狙いの選手にとっては好材料だが、佐々木がその戦線に食い込むことも、勝ち切ることも、並大抵の難しさではないはずだ。

 まずは、群雄割拠の強力階級で戦う意味と、素晴らしい王者をより身近で見る機会を与えてくれた勇敢なチャレンジャーに感謝したい。そして、記憶が抜け落ちているという今はゆっくりと身体を休め、ダメージを抜いてほしい。その上で、また前に進んでほしい。ジム、関係者ともゆっくりと話し、目標と課題を改めて見定め、再び真っ直ぐに邁進していってほしいと願わずにはいられない。

[取材・文:杉浦大介]

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