東東京を代表する名門校といえば、関東第一、二松学舎大付、帝京の3校が挙がる。特に近年は23年の共栄学園が優勝した以外は関…

東東京を代表する名門校といえば、関東第一、二松学舎大付、帝京の3校が挙がる。特に近年は23年の共栄学園が優勝した以外は関東第一、二松学舎大付のどちらかが夏の甲子園出場を掴み続けている。

 そんな中、新たに東東京の強豪校の地位を目指しているのが郁文館である。郁文館は、1889年に創立された私学だが、2003年に外食産業を手掛けているワタミの渡邉美樹会長兼社長が学校の理事長に就任し、学校法人も郁文館夢学園に変わった。直近では、19年、21年に夏ベスト16入りしているが、中堅校の域を脱しきれていない現状だ。そうした状況の24年1月、佐々木力監督が就任した。

 佐々木監督は常総学院で春夏を通して6度の甲子園出場した実力派監督。現役のプロ野球選手では宇草孔基外野手(広島)、鈴木昭汰投手(ロッテ)、一條 力真投手(ロッテ)が教え子である。

 佐々木監督は同校でどんな改革を進めているのか。

指導者自らがおにぎりを…

 20年7月に常総学院の監督を退き、同校の教員として勤務していた佐々木監督に郁文館監督の就任の話が舞い込んだのは、23年秋だった。佐々木監督のこれまでの実績を評価して、渡邉理事長から「開校140周年を迎える2029年に甲子園初出場を実現してほしい」と依頼されたのだ。佐々木監督は引き継ぎなどを終え、24年1月から監督に就任した。加えて名将・木内監督時代に部長として常総学院の全国制覇を経験し、顧問としてチームに残っていた大峰 真澄氏も郁文館のスカウト部長に就任。二人三脚でチームの強化を目指すことになった。

 最初は常総学院との環境の違いに驚かされた。常総学院ではネット裏席、ブルペン、サブグラウンドなどあらゆる設備が整った専用グラウンドがあり、寮もグラウンドの近くにあった。しかし郁文館では、文京区にある学校から車30分ほどにある高島平の河川敷にグラウンドにあり、雨天練習場はもちろんない。寮があるのはバスで30分以上かかる埼玉県戸田市だ。そんな環境に佐々木監督は「都内にはなかなかグラウンドが持てるチームはないですから。関東一さん、二松学舎さんのように都内の学校から千葉のグラウンドへ移動して、結果を残しているチームもあります。毎日、精一杯やれる環境があるので、甲子園を目指していきたいですね」と語る。

 佐々木監督がこだわったのは指導者が率先して環境整備をすること。最初は佐々木監督と大峰スカウトの2人が練習前にグラウンド整備を行い、さらに選手の補食用のおにぎりを毎日作った。カレーライスなどの賄いを佐々木監督が準備することもある。選手たちからは「ありがたいですし、それに応えたい」という声が聞かれる。これには佐々木監督にチームに一体感をもたせる狙いがある。

「常総学院時代から実感していたこととして、強いチームになるには、選手、指導者、そして選手の保護者が一体感を持つことが大事です。一体感を持つには、指導者があぐらをかいてはいけません。自ら環境を整備したり、選手のために動かなくては。常総学院時代よりも動くことを意識しています」

実績十分なコーチ陣

吉澤岳コーチ

常総学院時代の教え子たちも続々コーチに就任した。2013年春夏甲子園メンバーで、エースとして活躍した飯田 晴海氏(東洋大-新日鐵住金鹿島)、堅守のショートとして活躍した吉澤岳志氏(青山学院大-JR東日本)、2015年の選抜甲子園の主軸として活躍した和田 慎吾氏だ。さらに埼玉の昌平で指導していた座主 隼人コーチも加わった。座主コーチは智弁学園、立教大、シダックスでプレーし、郁文館ではバッテリーを指導。寮長も務める。指導者が増えたことで役割分担が明確になり、選手の強化がしやすくなった。


「素晴らしいスタッフが揃ってくれたので、役職が被らないようにポジション別で責任をもって配置しています。ポジションごとに子どもたちの悩みを聞いてもらえばと思います。勝敗の責任は自分ですけど、子どもたちの成長についてはコーチの仕事なので、今まで以上に手厚く指導ができると思います」(佐々木監督)

 選手たちもコーチの存在や、指導の変化を実感している。津本一希主将(3年)は「今までの指導とは違い、一つ一つの指導が細かく、守備の連携、カバーリングなど新しく教えてもらって、今までとは違います」と守備の意識の変化が現れたと語る。一次予選で満塁本塁打を放った4番の鹿内翔央内野手(3年)も「自分の守備を指導する吉澤さんから、一から守備の基礎を教わり、上手くなったと思います」と話した。

 新体制となった郁文館の知名度向上には欠かせないものとして、公式インスタグラムが挙げられる。試合や練習の様子、指導者の紹介などを保護者有志が積極的に公開している。これは保護者たちが佐々木監督、大峰スカウト部長ら指導者の選手への指導、環境整備をする姿に心を打たれたことがきっかけだった。

 佐々木監督は「ネットによる情報発信は、出せない部分も多く、高校野球では結構デリケートなんです。しかし、郁文館の親御さんたちは情報のリテラシーが高い方が多いので、おまかせしています。素敵な写真、動画も撮影してもらっていますし、助かっています」と語る。

 インスタグラムで投稿されている写真はほんの一部にすぎない。野球部関係者限定の写真・動画もたくさんある。コーチは常勤ではないため、見に行けなかった試合は動画を見返して、フィードバックに役立てているという。

郁文館は選手、指導者、保護者が一体感を持ったチームになった。

目指すは夏ベスト8

練習に取り組む選手たち

郁文館の選手たちについて佐々木監督は「とても真面目な選手たちで、少しずつ吸収しています。ただ、飯田、吉澤らがいた時の常総学院は選手自身で戦術を考え、エンドランを仕掛けても本塁打になったりとか、お釣りが返ってくるほどの成果を収められるほどのチームでした。そうなるにはまだ時間がかかりますが、基本的には守備、サインプレーを大事にしていきます」

 チームは今、実戦力を身につける段階に入っている。

 入学する選手たちのレベルも高まってきた。9人の2年生の中には145キロ右腕・齊藤 拓未、強打の捕手・高野 竜輔(2年)の有望バッテリーがいる。また、一塁手の井﨑 玲王(2年)は茨城県出身で、佐々木監督を慕って入部してきた。1年生の中には関東の中学硬式の強豪チームで主力として活躍してきた選手たちも入部している。

「1年生の中には主力チームに加わって、試合に出ている選手もいます。3年生もこのままではいけないと、自主練習で目の色を変えて練習する3年生も増えています。競争意識は高まっています」(佐々木監督)

 強豪校への歩み着々と進めている郁文館。佐々木監督は常総学院時代、1学年20人前後が大学で野球を続けるように進路をサポートし、“出口が強い”チームを作った。郁文館でもその流れを作りたいと思っている。

「昨秋から野球を続けたいと志望する選手に対しては、大学の練習会に参加させています。常総学院時代に知り合った大学野球部関係者の方もいるので、挨拶をしています」

 今春、郁文館は夏のシード入りをかけた3回戦の駿台学園戦で守備の乱れから敗れた。守備上達、投手の制球力向上がチームの課題だ。

 佐々木監督は「守りから崩れる野球は残念な結果に終わります。守り負けないように競ってから、勝ち越せるようにしていきたい。甲子園に出場するには最大8試合あります。疲労も溜まると思うんですけど、1戦1戦、勝ちきれるチームにしていきたいと思います」と語った。

 津本主将は「ベスト8を達成して、郁文館にとって新たな歴史を作りたいと思います」と最後の夏に燃えている。

 佐々木監督が就任してから1年半も経ち、順調にチームの改革、強化が進み、一体感が生まれてきた。新生・郁文館にとってこの夏は“強豪校”の名を掴み取る重要な大会となる。