サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム。今回は、「帰るのが遅くなりそうだけど“特別な時間”」について。

■決勝で「計170分間」の死闘

 1921(大正10)年、日本サッカー協会誕生とともに始められた全日本選手権(現在の天皇杯)。昨年まで104回にわたる大会の決勝戦で延長戦に入ったことが20回ある。1939年の第19回大会、慶応BRBと早稲田大学の決勝戦がその最初で、1-1から延長となり、その後半に慶応BRBのエース二宮洋一が決勝ゴールを決めた。

 1954(昭和29)年の第34回大会の決勝戦では、慶応BRBが東洋工業と対戦し、20分間(10分ハーフ)の延長戦をなんと4回、計80分間も戦ったのだ。「ノーマルタイム(90分間)」分終了直前に1-1のタイとした慶応BRBは、延長戦の1回目に先手、先手と取り、そのたびに東洋が追いついて3-3。2回目、3回目の延長戦は得点が生まれず、150分間の戦いを終えて4回目の延長に入り、そこで慶応BRBが前後半に1点ずつ入れて5-3で勝利をつかんだのだ。

 さすがにこれは「非人道的」と日本協会は思ったのか、1964年の第44回大会の決勝戦、八幡製鉄×古河電工では、20分間(10分ハーフ)の延長戦を2回戦っても0-0。両者優勝という、104回の歴史で唯一の形となった。

 ちなみに、それまで5月に行われていた天皇杯は、この前年から正月を越した1月の大会となっていた。1965年1月17日、神戸の王子競技場は「小雪まじりの六甲おろし」という最悪のコンディションで、ベテランが多かった古河は、7日間で5試合目というなか、ケガ人も続出し、若い八幡の猛攻をしのぎきって130分を終えたときには立っていられる選手も少なかったという。

■延長戦に抗議で「再試合」に

 しかし、天皇杯全日本選手権の「延長戦残酷物語」は、1925(大正14年度)年の第5回大会の準決勝にとどめを刺す。鯉城蹴球団(広島)×御影蹴球団(兵庫)。東京の明治神宮競技場(後の国立競技場)で10月30日に行われた準決勝の第2試合は、1-1の熱戦となったが、日没で延長戦はできず、翌10月31日午前8時キックオフで延長戦を行い、御影が1点を決めて勝負をつけたかに見えた。

 しかし鯉城から抗議が出る。御影が、前日の試合で負傷した選手の代わりに登録外の選手を出場させたというのである。延々6時間にもわたる議論の末に出た結論は「再試合」。その午後、試合はノーマルタイムから行われ、90分を終わって2-2。あろうことか、そこでまた日没になってしまったのである。11月1日、再び午前8時キックオフで前日午後の試合の延長戦が行われ、鯉城が1点を決めて翌日の決勝戦にコマを進め、東京帝大を3-0で下して連覇を飾った。

 ちなみに、この年の決勝大会の出場は6チーム。鯉城は準決勝が初戦だったが、御影はその前日、11月29日に名古屋蹴球団との1回戦を戦っており、「3日がかりの準決勝」を勝ちきる力は残っていなかった。

■「100年に一度」の名勝負も

 ワールドカップの決勝戦では、過去22回の大会、21回の決勝戦(1950年大会は決勝リーグだったので除外)で、延長戦に入ったことが8回ある。天皇杯全日本選手権の104回の大会、95回の決勝戦(9大会中止)で、延長戦が20回と比較すると、ずいぶん比率が高い。なかでも過去30年間、1994年のアメリカ大会以来の8大会の決勝戦では5回もの延長戦があり、うち3回はPK戦で決着がついている。

 2022年にカタールで行われた大会の「ノックアウトステージ」16試合では、5試合が延長戦に入った。ラウンド16の日本×クロアチアを皮切りに、そのすべてが延長では決着がつかず、PK戦をおこなっている。

 そう考えると、UEFAは提案を退けたが、「延長はやめて、即座にPK戦」でもいいのではないかと思ってしまう。

 だが、決勝のアルゼンチン×フランスはエキサイティングな延長戦だった。ノーマルタイムの前半にアルゼンチンがリオネル・メッシのPKとアンヘル・ディマリアのゴールで2-0とリード。そのまま試合が終わるかと思われた後半35分、フランスがキリアン・エンバペのPKで1点を返し、わずか1分後にエンバペが同点ゴール。

 延長に入ると、その後半4分、アルゼンチンはメッシがこぼれ球を押し込んで先行すると、13分、残り2分というところでフランスが再びPKを得、エンバペが決めて3-3としたのだ。PK戦ではアルゼンチンのGKエミリアーノ・マルティネスが活躍、4-2でアルゼンチンに3回目の優勝をもたらした。

 延長戦は英語で「extra time」。この場合の「extra」は、「余分の」「臨時の」などの意味だが、「特別な」という意味で使われることもある。選手も大変だろうが、高校サッカーのように「いきなりPK戦」というのは、あまりに味気ない。

 1970年ワールドカップ準決勝のイタリア×西ドイツ(4-3、30分間の延長戦で5得点が記録された)のような「100年に一度」のドラマが生まれることもある。「特別な時間」を楽しみたいと思うのである。

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