◇米国男子◇ザ・メモリアルトーナメント 初日(29日)◇ミュアフィールドビレッジGC(オハイオ州)◇7569yd(パー…
◇米国男子◇ザ・メモリアルトーナメント 初日(29日)◇ミュアフィールドビレッジGC(オハイオ州)◇7569yd(パー72)
前週「チャールズ・シュワブチャレンジ」で2勝目を挙げたベン・グリフィンが1イーグル7バーディ、2ボギーの「65」で7アンダーの単独首位で発進した。今月6日に誕生日を迎えた29歳は、4月に開催された唯一のダブルス戦「チューリッヒクラシック」でツアー初優勝を遂げたばかり。今シーズンの勢いがすさまじい。
これまで決して順調なゴルフ人生だったわけではない。プロ転向して4年目の2021年春、グリフィンは競技人生を一度やめている。
2008年に世界的な金融危機を招いたリーマン・ショックの影響でグリフィンの家庭も大きな打撃を被り、当時は「練習場のボールにもお金を掛けられなかった」という。困窮を極めたなかでも両親の支援を受けて進学したノースカロライナ大で腕を磨き、世界一のプレーヤーになることを夢見てツアープロへの道を切り開いたが、キャリア半ばで「試合への愛情が持てなくなった」と回顧する。
プロ初年度の18年に当時の米ツアー3部にあたるPGAツアー・カナダ(現PGAツアー・アメリカズ)で初優勝を飾ったが、スイングを撮影してはチェックをし、クラブを替えるなどの試行錯誤を繰り返しても、求める成果に届かない日々に気持ちは徐々に落ちていった。「燃え尽きてしまった」ことで2021年に休息を挟むことを決め、不動産関係のアドバイザー資格を習得し、サラリーマンに転身した。
再びゴルフ界に戻ってきたのは、ひょんなことがきっかけだった。米ゴルフダイジェストによると、オフィスに向かおうと車を走らせていたある日、「偶然にも」道を誤った先がゴルフ場だったという。「それが(またツアープロになる)兆候なのかもしれないと思った」。さらに、スポンサーシップを結びたいという企業も現れ、再びプレーをしたいという思いが重なって同年末に米下部コーンフェリーツアーの予選会に挑戦。突破して臨んだ翌22年シーズンは3回の2位を記録するなどポイントランク上位に入り、初のPGAツアー昇格を決めた。
予選会の挑戦にも友人らに金銭的な援助を受けてツアーに戻れた経緯がある。50年の歴史を紡いできたジャック・ニクラスのホスト大会で好発進を切ったことに「信じられないような日」と驚きは隠せないが、多くの人たちにサポートもしてもらった恩に報いるためにも、まだまだ歩みを止めるわけにはいかない。(オハイオ州ダブリン/石井操)