「今週このボールがあれば、僕は5打差で勝っていただろう」――。2000年、すでにシーズン3勝を挙げていたタイガー・ウッ…
「今週このボールがあれば、僕は5打差で勝っていただろう」――。
2000年、すでにシーズン3勝を挙げていたタイガー・ウッズは貪欲に上を目指していた。21世紀初頭にボール開発でゲームを一変させたナイキのケル・デブリンは、ウッズがナイキのゴルフボール「ツアーアキュラシー」における飛躍的な進歩を電話で告げた時のことを鮮明に覚えている。2000年5月、プレーオフに1打及ばなかった「バイロン・ネルソン クラシック」(現在のCJカップ バイロン・ネルソン)直後だった。
ナイキのチームは、ボール開発の難局に直面していた。ブランドを象徴するイノベーションのほとんどがそうであるように、それはかつて存在しなかった何かを作り出すことだったからだ。
当時、PGAツアーのスター選手たちは液体充填コアに、古いバラタボールより耐久性に優れた圧縮形成カバーを組み合わせたボールを使用していた。
1999年初頭、ナイキは共同開発契約を結ぶブリヂストンと協力して4つのプロトタイプを作り出した。依然として摩耗に強いウレタンカバーを用いつつ、射出成形でラバーコアを充填して強固な3ピースで構成。これにより、スピン性能とボール初速の向上させた。
夏が到来するなか、ナイキはすでに5つ目のボール開発に着手。デブリンが初めてウッズに協力を要請したのは、このタイミングだった。1999年10月の「ツアー選手権」を制して間もない時期、プロトタイプのテストに時間を費やした。
「これは糸巻きボールよりも、最高到達点まで速く飛ぶ。風の中でより安定し、影響を抑えることができるんだ」。デブリンがそう語ったボールは、ウッズもかつて見たことがない驚くべきものだった。ただ、問題は残っていた。ウッズにとってかなり大きな要素を占める打音が、求める基準に達していなかったからだ。
デブリンは、ウッズがボールをテストする最初の段階について証言する。「我々が2、3種類、あるいは4種類のボールを持ち込むと、彼はボールの感触を確かめるためにウェッジでリフティングをするのです。まず、そこで要件を満たさないボールを除外していました」
チームはオシロスコープを用いて、当時ウッズが使用していたボールがパターフェースで奏でる音の波形を測定。プロトタイプでその音を再現しようと取り組んだ。「私たちは彼の好みの音、好みでない音を録音しました。そして、エンジニアチームの仕事として、ゴルフボールの特性を変えることなく、音を変えることになりました。しかも、それを決められた素材でやらなければならなかったのです」と開発におけるポイントを明かす。
ウッズが好む音を再現する解決策を見出した頃には、メジャーが開催される2000年シーズンの真っ盛りを迎えていた。再び6種類の異なるゴルフボールを渡したものの、シーズン途中の変更には期待を寄せていなかったという。
しかし、最終ラウンドで「63」をマークしながらプレーオフに1打及ばなかった5月の「バイロン・ネルソン」で、何かが変わった。ウッズから翌週のドイツでボールが欲しいと電話がかかってきたのだ。「送ってもらった数種類のボールを試したよ。これが僕の欲しかったバージョンだ。火曜の朝にドイツのハンブルグで会えないかな?」
デブリンは、日本でツアーアキュラシーのプロトタイプ開発を手掛けていたブリヂストンのシニアディレクター・石井秀幸を6ダースのゴルフボールと一緒にドイツ行きの飛行機へと乗せ、「ドイツバンクSAPオープン」でボールをテストしてもらう段取りをつけた。「10月まで何もすることはないと踏んでいましたが、急きょ(担当者が)日本とオレゴン州ポートランドからハンブルグに向かい、彼と会うことになったのです」と、まさに急転直下だった。
ドイツで3位タイに入ったウッズは、特に風の中での新たなボールのパフォーマンスを大いに気に入った。米国に戻って翌週「ザ・メモリアルトーナメント」が行われるミュアフィールドビレッジで実戦投入するかどうかはチームにも不透明だったが、会見に臨んだウッズが「試合で試してみる」と発言。デブリンはまたしても驚くことになった。
メモリアルでは後続と5打差の優勝。そこから、記録破りの歴史がつづられることになる。「彼は望み通りのボールを手に入れたのです。グリーン周りでよりスピンを利かせ、ピンに対して一層アグレッシブに攻めていける力を得たわけですから」
デブリンの言葉を証明するように、ウッズは3週間後の「全米オープン」で15打差をつけて圧勝。これはメジャーにおける最大ストローク差として今も破られていない記録だ。合計9勝を挙げた2000年、ツアーアキュラシーにボールをスイッチしてから6勝をマーク。これには翌年まで続く“タイガースラム”のメジャー3勝も含まれ、さらにPGAツアーの単一シーズンで史上最少記録となる平均スコア「67.794」をたたき出したのである。
(協力/ GolfWRX, PGATOUR.com)