-私を育ててくれたラグビーへの感謝とラグビーワールドカップ2019への想い-

-山中さんとラグビーとの関わりはいつからですか?

山中氏:ラグビーとの出会いは高校の体育の授業です。私が通っていたのは大阪教育大学の付属高校だったのですが、冬になると、とてもラグビーが好きな先生がラグビーの指導だけに学校へ来てくれて非常に熱い指導をしてくれました。それでラグビーの虜になりました。

中学校、高校とずっと柔道部でした。高校の体育でラグビーに触れたちょうどその頃、同学年の平尾誠二さん※が有名で、ラグビーはすごい人気スポーツでした。私も大学に入ったら絶対にラグビーをしようと思っていたのですが、入学したら柔道部の人に取り囲まれて、自動的に柔道部です(笑)。柔道は一生懸命やりました。ただ怪我で1年くらいスポーツをできなくなって、柔道部もやめてしまいました。

しばらくして怪我も治ってきた時に、医学部生だったので学部生活もまだ4年以上残っていた。そこでようやく、念願の医学部のラグビー部に入ることにしました。そのあと3年、一生懸命ラグビーをやりました。

※元ラグビーワールドカップ2019理事・事務総長特別補佐。ラグビー元日本代表、元日本代表監督。のちに山中氏と親交を深め、亡くなった平尾氏を偲ぶ「感謝の集い」(2017年2月開催)では山中氏が弔辞を捧げた。

 

-高校時代に初めて出会ったラグビーの魅力は何でしたか?

山中氏:先生に恵まれたと思います。ラグビーの世界では有名な先生だったと記憶していますが、その先生はいつも「Enjoy Football!=楽しみなさい!」と言っていました。柔道部の時は毎日辛い練習で、年に1度か2度試合があって、勝てばいいのですが負けたらまた練習…。もう、「鍛錬!」「柔の道!」という感じでした。

ラグビーも厳しかったのですが、そこで「Enjoy」と言われたことがすごく新鮮でした。しかもやってみたら面白い。私は下手ながらもいろいろなスポーツに足を突っ込みましたが、あれだけ様々な要素の入った競技というのはありません。こんなに面白いスポーツはないなと、本当に夢中になったのを覚えています。

 

-大学のラグビー部でのポジションは?

山中氏:4番(ロック)です。私が4番をやるくらいだったから、そんなに強いチームではなかったですね。元柔道部だったので「ラグビー部格闘技班」と呼ばれていて…いまだに当時バックスだった後輩からもらう年賀状に「僕は山中先生にパスをした覚えはありません。また、パスをもらった覚えもありません」と(笑)。そういうプレーヤーでした。

元柔道部で格闘技が好きだったこともあって密集で相手からボールを奪ったりすることにやりがいを感じていました。蹴ったり、華麗なパスを自分はできないことも分かっていましたから。

しかし、ここはラグビーのいいところで、その人の経験や技量に応じたポジションがあり、そういう違う才能や技術の集合体として15人のチームができる。そこが柔道とはまた違った魅力でした。

 

-ラグビーをプレーした事が今現在の職業や研究に生かされていますか?

山中氏:とても生かされています。今、この研究所全体で構成員が約500名います。約30の研究室があります。各研究室は小さくて10名、大きいところは50名〜60名です。

iPS細胞ができる前、基礎研究をしていた時は本当に数名の小さなチームで論文を書く事を目標に一生懸命やっていました。その時はどちらかというと、柔道選手のようでした。柔道というのは基本的には個人競技。団体戦もありますが基本的には個人競技で、その人の実力で勝ち負けが決まる。研究も個人、自分が全てでした。

iPS細胞ができてからの10年は、iPS細胞で患者をどうにか救いたい、今難病で苦しんでいる人や治療法がない人に対する新しい治療法を作りたいと考えながらやってきました。しかし、この規模になると一人の力では何もできないのです。実際に患者を診るドクター、私たちのような研究者、そしてその他多くの人の様々な異なる才能や力が必要です。だから、このiPS細胞の研究開発に携わるようになってからは「これはラグビーだな」と。

いかに人を集めてチームとして強くなるか。一人だけ強くても、誰か一人弱いところがあったら全体が弱くなってしまう。どのように組織して強くなるかということが、大切。このように元々「柔道型」でしたが、今は「ラグビー型」で研究に取り組んでいます。

私が大学でプレーしていたとき、チーム状態が悪いと、私たちフォワードが「せっかく苦労してボールを出したのに、ぽろぽろとバックスがボールを落とす」と言って怒り、バックスは「もっとええボールを出してくれへんから」と…本当に最悪の状態でした。

しかしいい時は、バックスが「せっかくフォワードがボールを出してくれたのに、落として申し訳ない、次は頑張る」となり、フォワードはバックスに「次もしっかりボール出すからな」と。同じようなプレーなのに全然考え方が違う。考え方1つで、チームが悪い方向に行ったり、どんどんいい方向に行ったりする。そういうことを身を以て経験することができました。

今の研究活動も全く一緒で、いかに強いラグビー型のチームにできるか。互いのミスを責めるのではなく、いかにフォローし合うか。そこをすごく意識しています。

 

-ラグビーワールドカップは以前からご覧になっていましたか?

山中氏:観ていました。以前は日本が苦労した時代が長かったですよね。オールブラックス(ニュージーランド代表の愛称)に屈辱的な敗戦を喫したこともあって、ちょっと試合を観るのが怖いというか、また大敗したらどうしようという気持ちもありました。

 

-ラグビーワールドカップ2015の日本代表の活躍はご覧になりましたか?

山中氏:テレビで見ました。ちょうど南アフリカ代表戦の時、私はアメリカにいて、生中継では観られなかったんです。ところが、ラグビーよりアメリカンフットボールやバスケットボールなどが人気のあるアメリカでも、多くの人が「シンヤ!昨日、日本の試合観たか!」と。「いや、観てない」と言ったら「そりゃ観なあかん」と(笑)たくさんのアメリカの方から言われました。

試合は録画で観ても心が震えました。あれを生で観た人は本当に嬉しかっただろうなと思います。南アフリカ代表と善戦でもなく、引き分けでもなく、勝つ。しかも、ラグビーワールドカップという本気の舞台で勝ったというのは、短い間でしたけどラグビーを一生懸命やった人間から見ると、「本当にこんな日が来るのか!」というくらいの出来事でした。ラグビー日本代表は2015年以降もいい状態を保っていますから、ぜひこのまま2019年まで突っ走って、2019年では、より高みを目指して欲しいなと思っています。

 

-ラグビーワールドカップ2019が日本で行われることを、どう感じていますか?

山中氏:スポーツは全て面白いのですが、私が今までやってきた、観てきたスポーツの中でもラグビーほど断トツに面白くて素晴らしいスポーツはありません。このスポーツの世界一を決める祭典が2年後に日本にやってくるというのは本当に夢のようです。ぜひ、日本の多くの方がテレビだけではなく、実際に競技場へ観に行って、日本の試合はもちろんですが世界最高のプレーを生で応援してもらいたいなと思っています。競技場に行くと、格闘技のような体のぶつかり合う音や、華麗なパスプレーなどテレビでは味わえない素晴らしさがあります。できるだけたくさんの人に試合会場へ足を運んで欲しいです。

 

-山中さんは何試合くらいラグビーワールドカップ2019で試合を観たいですか?

山中氏:いや、もうできる限りです!私は東大阪市花園ラグビー場の近くで生まれ育って、今も実家は東大阪なので、少なくとも花園とか神戸の試合はできるだけ行きたいなと思っています。次、いつこんなチャンスが来るか分からないので(笑)

 

-山中先生にとってラグビーとは?

山中氏:私にとって、3年間だけですが、自分の青春をかけて一生懸命やったスポーツです。そのラグビーのお陰で体も、メンタルも強くなり、それが今の研究に生きています。また、ラグビーのお陰で平尾誠二さんという本当に素晴らしい人とも知り合えました。本当にラグビーには、「感謝」、この言葉しかありません。

 

<プロフィール>

山中 伸弥

1962年大阪府生まれ。

京都大学iPS細胞研究所所長。神戸大学医学部卒業後、大阪市立大学で博士号を取得。アメリカ留学、奈良先端科学技術大学院大学教授などを経て、京都大学教授に。2006年に世界で初めてマウスの皮膚細胞からiPS細胞の作製に成功した。2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞。同年、文化勲章を受章。