サッカー王国ブラジルの代表監督に、チャンピオンリーグ5回優勝など、指導者として史上最高の実績を誇る名将が就任。2002…
サッカー王国ブラジルの代表監督に、チャンピオンリーグ5回優勝など、指導者として史上最高の実績を誇る名将が就任。2002年の日韓ワールドカップ以来、優勝から遠ざかっているブラジル代表が、カルロ・アンチェロッティを新指揮官として迎えたのだ。2つの「世界最高」の出合いは、何をもたらすのか。その行方を、サッカージャーナリストの大住良之が大検証!
■長所も短所も「白日の下」に
さて、ブラジル代表である。FIFAランキング5位といっても、ブラジルが世界最大の「タレント王国」であることは間違いない。欧州のプロリーグでプレーしている選手だけで500人近くになると言われ、なかでも次々と現れるアタッカーたちは世界中の監督たちにとって羨望(せんぼう)の的だ。
そして代表選手の多くが欧州のトップクラブでプレーしていることを考えれば、その欧州のクラブシーンで最も成功を収めている監督をブラジル代表に招聘するのは理にかなっている。実際、ヴィニシウス・ジュニオル、ハフィーニャ、ロドリゴといった世界屈指のブラジル人アタッカー3人は、すべて現在レアル・マドリードでプレーしており、アンチェロッティにとってなじみの選手たちである。
アンチェロッティは、ブラジル国内でプレーしている選手たちについてはほとんど情報を持っていないかもしれない。しかし、ブラジル代表の中核をなす「欧州組」については、その長所も短所も知り尽くしているはずだ。彼がブラジル代表の監督ができない理由は見当たらない。
ただ、懸念もある。欧州のサッカーはUEFAチャンピオンズリーグだけでなく、さまざまなクラブの大会などで日常的に交流があり、映像やデータを中心とした情報も簡単に手に入れることができる。チームだけでなく、選手たちの長所も短所も白日の下にさらされているのである。
そして当然、ブラジル代表選手たちもその流れの例外でいることはできない。もしネイマールがずっとサントスFCで、そしてヴィニシウス・ジュニオールがずっとフラメンゴでプレーしていたら(サントスで30年間近くプレーしたペレのように)、彼らはブラジルに複数回のワールドカップ優勝をもたらしていたかもしれない。しかし、欧州のクラブでプレーする彼らは、徹底的に研究されてしまっている。
さらに、欧州のビッグクラブで常に大きなストレスにさらされながらプレーし続けていることで消耗し、ブラジル代表に戻ったときに本来の力を発揮できないという現象も、近年の傾向だ。
もちろん、ブラジルの選手たちは「セレソン(代表)」に「特別」以上の価値観を持っており、魂を込めてプレーする。しかし、疲れ切った体と世界中のサッカー選手たちにプレーのイメージを知り抜かれていることで、思いがけないしっぺ返しを食らう―。これが現在のブラジル代表なのではないか。
■初戦に「グッドニュース」
欧州から日本への移動と、ブラジルへの移動では、フライト時間に差はないものの、時差の面では日本だと7あるいは8時間、ブラジルでは3あるいは4時間で、負担は小さい。それでも欧州の厳しいリーグを終えて南米に戻り、「生きるか死ぬか」のワールドカップ予選に臨むのは、相当タフな仕事だ。
幸いなことに、アンチェロッティが初指揮を執る6月の2試合(5日、対エクアドル=アウェー、10日、対ウルグアイ=ホーム)では、欧州の国内リーグは終了しており、5月31日(土)にミュンヘンで行われるUEFAチャンピオンズリーグ決勝、パリ・サンジェルマン×インテル・ミラノですべての試合が終わる。ここまで試合があるブラジル代表選手は、センターバックのマルキーニョス(パリ・サンジェルマン)ぐらい。アンチェロッティは、悪くないコンディションの選手を集められるだろう。
さらに、エクアドル戦の試合会場が首都キトではなく、5月になってグアヤキルに変更されたことも、ブラジル代表とアンチェロッティにとってはグッドニュースに違いない。
エクアドルは「高地アドバンテージ」を得るために、1998年ワールドカップ予選からホームゲームを基本的にキトで開催してきた。標高2850メートルの高地である。2022年までの7大会のうち、ブラジルは1998年には「前回優勝」の資格で、そして2014年には「ホスト国」として自動出場権を与えられ、南米予選には出場しなかった。残りの5大会の予選、5試合のブラジルとのホームゲームを、エクアドルはすべてキトで戦い、2勝2分け1敗という成績を残している。その「勝利の会場」を、太平洋に近いグアヤキルに変更したのである。
■セレソン「最初の敵」は85%
なぜ変更したのか、エクアドル協会は明らかにしていない。あるメディアは、近年欧州でプレーするエクアドル代表選手が増え、「高地」は必ずしもアドバンテージにはならなくなったからと報じている。3月のボリビア戦をグアヤキルで戦い、4-0で勝ったことで、代表選手たちから「グアヤキル開催」の要望が出ていたという。
当然、標高は0メートルに近い。ブラジル代表が最も恐れる「高地」の影響はない。ただ、赤道直下の「常夏」の都市(「エクアドル」という国名自体が「赤道の国」という意味である)だけに、最高気温は年間を通じて30度前後で、何より湿度が高い。6月は雨季の終わりに当たるが、例年、湿度は85%にもなる。
「とんでもなく蒸し暑く、人間の住むところではない。サッカーなんてとんでもないよ」
1991年から1992年にかけて三菱重工→浦和レッズでプレーしたアルゼンチン人FWオスバルド・エスクデロは、三菱に移籍する前、グアヤキルをホームとする「バルセロナSC」でプレーしていた。彼に「グアヤキルはどういうところだったか」と聞いて、返ってきた言葉だ。試合は、そのバルセロナSCが所有する「エスタディオ・モヌメンタル・イシドロ・ロメロ・カルボ(収容約6万人)」で行われる。
一般にブラジルの選手たちは蒸し暑さには強いが、快適な欧州でプレーしてきた選手たちがいきなり気温30度、湿度85%のところで90分間走るのは楽ではない。
エクアドル戦は6月5日、午後6時(日本時間6日午前8時)キックオフ。アンチェロッティ監督は、どのようなチームで、どのようなサッカーで挑むのか、そして「ワールドカップ6回目の優勝」へと、どうブラジル代表を導いていくのだろうか。