今年の創価大には複数のドラフト候補がいる。ひとりは今年のアマ球界を代表するスラッガーの立石正広。もうひとりは、広大な守備範囲としぶとい打撃が光る大島正樹だ。 4月28日のリーグ戦(対流通経済大3回戦)の試合後。創価大の佐藤康弘監督に「今年…
今年の創価大には複数のドラフト候補がいる。ひとりは今年のアマ球界を代表するスラッガーの立石正広。もうひとりは、広大な守備範囲としぶとい打撃が光る大島正樹だ。
4月28日のリーグ戦(対流通経済大3回戦)の試合後。創価大の佐藤康弘監督に「今年のプロ志望選手は立石選手と大島選手だけですか?」と尋ねると、佐藤監督から「じつはひとり、とんでもないのがいまして......」と返ってきた。
「ハマった時のボールは、もしかしたら田中正義(日本ハム)よりもすごいかもしれません」
田中は創価大4年だった2016年のドラフト会議で5球団から重複1位指名を受けた、同年の目玉的な存在だった。また、佐藤監督はプリンスホテルでの現役時代に、バルセロナ五輪で銅メダルを獲得したほどの名投手である。その佐藤監督が田中の名前を引き合いに出すとは、相当な資質を秘めた投手だろうと想像できた。
創価大の193センチ右腕・山崎太陽
photo by Kikuchi Takahiro
【世間に知られていない理由】
創価大が所属する東京新大学リーグは、その名称とは裏腹にアクセスの悪い郊外の球場を使用することが多い。東京在住の人間からするとハードルが高いリーグだが、私は2週続けて飯能市民球場(埼玉)に通うことにした。
佐藤監督が言う「とんでもないの」とは、山崎太陽という4年生右腕である。メンバー表に「身長190センチ、体重88キロ」と記載されているように、体のサイズからただ者ではない雰囲気が伝わってくる。
しかし、山崎の名前がなぜ世間に知られていないかと言えば、公式戦での実績が乏しいからだ。リーグ戦デビューした3年春に3試合に登板し、同年秋はヒザの故障のため戦線離脱。今春はリリーフで3試合に登板し、0勝1敗。リーグ戦通算6登板で未勝利の投手である。
5月4日、対駿河台大2回戦の先発投手は、4年生右腕の石田陵馬。背番号16をつけた山崎は、この日もベンチスタートだった。
しかし、試合前のキャッチボールから、山崎の存在感は際立っていた。力感のない、しなやかな腕の振りから放たれたボールは、重力に逆らうように伸びていく。70メートルほど離れた遠投でも、まったく力が入っているように見えない。ボールは山なりになることなく、スーッと伸びてパートナーのグラブを心地よく叩いた。
そして、試合中のブルペンでの投球練習を見て、「間違いなく大器だ」と確信した。リリース時にしっかりと指にかかったストレートが、捕手に向かって加速するように伸びていく。強烈なスピンのかかったボールは、低めに構えた捕手のミットを激しく突き上げた。
恵まれた上背を生かし、角度をつけて投げ下ろすタイプではない。だが、これだけ好球質のストレートを投げられるドラフト候補が、今年いるだろうか。山崎の投球練習を見ながら、考え込んでしまった。
ブルペンで山崎の投球に見入っていると、あるプロ球団のスカウトが近寄ってきた。数々の名選手を発掘してきた、実績のあるスカウトだ。他球団のスカウトが立石や大島の視察にのめり込むなか、そのスカウトは「今まで見たことがなかったから」と山崎を見にきたという。
ひとしきり投球を見守ったスカウトは、「指にかかった時のボールがすばらしいね」と笑顔でバックネット裏へと戻っていった。
【駿河台大相手に3回5奪三振】
創価大が6対0とリードした6回裏、交代を告げられた山崎がマウンドへと向かった。
結果的にこの日に山崎が投げたのは、3イニング。打者9人をパーフェクトに抑え、5三振を奪っている。最高球速は148キロだった。試合は13対0(8回コールド)で創価大が駿河台大を下している。
ただし、山崎の投球内容については、ブルペンで見た時ほどのインパクトはなかった。ストレートで押すというより、スライダーでかわすシーンが目立ったからだ。
試合後、山崎のもとを訪ねてみた。間近で見上げると、想像していたよりも大きく感じる。念のために身長を聞くと「193センチ」だという。
「メンバー表に載っている身長は、更新されていない数字なので」
正確なサイズは身長193センチ、体重86キロだという。
ブルペンでの投球練習に衝撃を受けたことを伝えると、山崎は笑ってこう答えた。
「今日はブルペンのほうがよかったです。駿河台大のバッターの反応を見て『真っすぐを張ってるな』と感じたので、スライダーを多めに投げました。スライダーも自信があるので、うまくかわせたかなと思います」
山崎がスライダーを多投した背景には、脳裏に刻まれた苦い記憶があった。前回の登板だった4月21日の対杏林大3回戦。ピンチでリリーフした山崎はストレートを痛打され、逆転3ランを浴びている。この敗戦によって創価大は勝ち点を落とし、山崎は責任を背負い込んだ。
「先発した齋藤(優羽/4年)もいいピッチングをしていたのに、あいつの勝ちを消してしまって申し訳なかったです」
痛い経験をとおして、山崎は投手としての階段を一歩ずつ上がっている。
【大学1年夏までは捕手】
それにしても、これだけの逸材にもかかわらず、大学での実績が皆無に近かったのはなぜか。一番大きな要因は、山崎の投手歴の浅さにある。なにしろ、大学1年夏までは捕手としてプレーしていたのだ。
小学生時には投手経験があったものの、中学以降は捕手がメイン。帝京五(愛媛)に在籍した高校3年時に、練習試合で1回だけ登板機会があったという。
「8回までキャッチャーで出て、9回にピッチャーをやったんです。でも、打たれて、『これでは通用しないな』と心が折れました」
高校では、強肩強打の捕手として注目されていた。だが、同じく愛媛の新田から、強打の捕手である古和田大耀も創価大に進学していた。現在は立石と強力なクリーンアップを形成する古和田に対して、山崎は早々に「かなわないな」と悟ったという。
「捕手として創価大に入ったんですけど、夏あたりに佐藤監督から『ピッチャーをやってみないか?』と言われて。大学で木のバットに変わって全然打てなくて、『無理だな』と思っていたので、『やります』と即決でした」
投手に転向した直後の球速は、最速142キロ。スタートは出遅れたものの、先輩に恵まれたのは幸運だった。1学年上には森畑侑大(現・JR東日本)や田代涼太(現・徳島インディゴソックス)と有望投手がおり、山崎に親身にアドバイスを送ってくれた。
「森畑さんに『ちょっとだけショートアームにしてみたら?』と言われて、試したらいい感じにボールがいくようになりました。僕は腕が長いので、それまではトップで腕が間に合わないことが多かったんです。ショートアームにしたことで、タイミングが合うようになりました」
これまでの最高球速は149キロだが、その数字以上に迫力があり、速く見える。そんな感想を伝えると、山崎は「ボールの質がいいとよく言われます」と笑った。自慢の好球質は、捕手経験も一役買っていると山崎は見ている。
「キャッチャー時代はリストを使って、いい回転の送球をすることを意識していました。その経験がピッチャーになった今も生きていると感じます」
今春のリーグ開幕前には、JR東日本など強豪社会人にも好投。山崎は「真っすぐで空振りをとれて自信になりました」と手応えを語る。
進路は「プロ一本」と退路を断っている。チームメイトの立石ばかりが脚光を浴びる現状にも、山崎は「立石のおかげで見てもらえるチャンスが増える」と前向きにとらえている。
事実、スカウト陣の視線も熱を帯びてきている。あるスカウトは試合後、「これで山崎くんもドラフト戦線に名乗りをあげたんじゃないの」と語った。
ブルペンで見せていた凄まじいストレートを実戦でも再現できれば、今後ドラフト上位候補に浮上しても不思議ではない。山崎本人もパフォーマンスが安定していない自覚があるようで、こんな課題を語っている。
「2ストライクに追い込むまではいいんですけど、どうしても最後に力が入ってしまって、抜けてしまうことが多いので。力むことなく、そのまま投げられるようになりたいですね」
本格的に投手になって3年足らず。無限の可能性が眠っているのは、間違いない。今から「山崎太陽」の名前を覚えておいて損はない。