サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は「ピッチの風見鶏」について。
■世界最古の大会「たった一度」の奇跡
ヴァンフォーレ甲府にひとつ提案がある。ホームのJITリサイクルインクスタジアム(山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場)で使うコーナーフラッグを、三角形にするのだ―。
まあ聞いてほしい。イングランドのサッカー界にひとつの「伝説」がある。
「FAカップで優勝したことのあるクラブは、通常の四角ではなく、三角形のコーナーフラッグを使用することができる」
話の発端は、1世紀近く前、1927年までさかのぼる。この年の4月27日に、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われたFAカップの決勝戦で、カーディフ・シティがアーセナルを1-0で下し、初優勝を飾った。カーディフは言わずと知れたウェールズの首都である。「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」を構成する4つの「国」のひとつの首都なのである。
だが、カーディフ・シティは歴史的にイングランドのサッカーリーグに出場し、イングランドの「FAカップ」にも参加を認められてきた。FAカップが「イングランドの外」に持ち去られたのは、世界最古の大会として1871年に始まってから今日に至るまで、この1回だけということを考えれば、この1927年のカーディフ・シティの優勝がいかに大きな事件であったか、理解できるのではないだろうか。
■新しい羊毛ジャージが「悲劇」の原因か
ウェンブリー・スタジアムは完成して4年目。この試合は9万1206人の大観衆で埋まった。30万人もの人がチケットを申し込み、英国国鉄はカーディフから何本もの特別列車を出した。この試合はまた、初めてラジオの生中継が行われたFAカップ決勝戦として記録されている。
アーセナルは有名なハーバート・チャップマン監督が率いて2シーズン目。イングランド・サッカー界を席巻する1930年代の「黄金時代」はまだ始まっていなかった。試合はそのアーセナルが優勢だったが、後半29分にカーディフのFWヒューイー・ファーガソンが放ったシュートをアーセナルGKダン・ルイスがキャッチしそこない、ボールは最後にはルイスのひじに当たってゴールに転がり込んだ。これが決勝点となった。
ちなみに、カーディフはその2週間後にはウェールズのFAカップ決勝戦にも出場し、北ウェールズの小さな町からきたリルを2-0で下して、世にも珍しい「国内カップ・ダブル」を達成した。
もうひとつちなみに、当時のGKたちはセーターのように羊毛で編んだジャージを着ていたが、ルイスはそのジャージが新しく、油が抜けきっていなかったため滑ったのだと主張した。その逸話から、その後、アーセナルのGKは、試合前に必ずユニフォームを洗濯するようになったという。
■栄光を永遠に残すために「三角形」に
ともかく、FAカップというイングランド最高のタイトルを手中にしたカーディフは、この栄光を永遠に残そうとした。何より、同じ南ウェールズのライバルであるスウォンジー・タウン(現在の名称はスウォンジー・シティ)との対戦のときにカーディフの偉業を見せつけてやろうと、次シーズンからコーナーフラッグを三角形に変えたというのだ。それ以来、「FAカップ優勝チームはコーナーフラッグを三角形にできる」という「伝説」が出来上がったという。
この「伝説」がイングランドでも多くの人に知られるようになったのは、1997年に封切られて英国でヒットした『ツイン・タウン』という映画だったと言われている。映画のなかで冗談ばかり言い合っている兄弟がこの話をしたのだ。以後、イングランドでもFAカップ優勝経験のあるいくつかのクラブがコーナーフラッグを三角形にして話題になった。
しかし実際には、FAカップの大会規約にはこんな決まりはなく、これは単なる「都市伝説」にすぎないらしい。サッカーのルールにも、フラッグの形に関する記述はない。「三角形のコーナーフラッグ」は、クラブの役員やテクニカルスタッフではなく、スタジアムを管理するスタッフの判断で行われてきたことのようだ。