8時30分の試合開始にもかかわらず、スタジアムの外には長蛇の列ができていた。甲子園の歴史を変えた男は国体でも一番人…

 8時30分の試合開始にもかかわらず、スタジアムの外には長蛇の列ができていた。甲子園の歴史を変えた男は国体でも一番人気だった。シートノックのボール回しだけで観客がざわめくその強肩は、休日に早起きしてでも見る価値がある。目の肥えた愛媛の野球ファンも満足そうだった。

 愛媛国体・高校野球硬式2回戦の天理(奈良)戦では、2打席目に二塁打、4打席目にレフト前ヒット。守備では、ストライク送球で盗塁を阻止している。試合は10対1で7回コールド勝ち。「侍ジャパン」U-18で出場した「U-18 ベースボールワールドカップ」以来の試合を勝利で飾った。カナダで行なわれたワールドカップで、中村奨成は打率1割台、ホームランはゼロに終わった。普段使わない木製バットに慣れていないという点を差し引いても、期待はずれだったと言っていい。打撃は湿りっぱなし、スタメンマスクも古賀悠斗(福岡大大濠)に譲ることが多かった。



愛媛国体の天理戦でタイムリー二塁打を放つ広陵・中村奨成

 高校球児として最後の公式戦となる今大会に臨んだ中村奨成は「楽しみながら、試合ができた。観客のみなさんの期待に応えることができてうれしかった」と語った。

 カナダで大不振に陥ったため、中村奨成が木製バットに対応できるかどうか疑問視する声もあった。金属バットで何本ホームランを放っても、プロ野球でも同じように打てるとは限らない。木製バットを使いこなすことができないままユニフォームを脱ぐ高卒の大砲はいくらでもいる。

 大会前には愛媛国体で木製バットを使うことも考えたという中村奨成だが、結局は金属バットを持って打席に入った。それでも、木製バットでのバッティングを意識していたと本人は言う。

「やっぱり木に比べれば、金属バットを振りやすいですね。金属だと、自分でも『こんなに飛ぶのか?』と驚くような打球もあります。いまは金属バットの反発力に頼らないこと、しっかり下半身を使って回ること、手首の返し方を気にしています。カナダの大会での収穫は、打席で余裕ができて、自分のタイミングで打てるようになったこと」

 侍ジャパンU-18 代表では清宮幸太郎(早稲田実業)、安田尚憲(履正社)などドラフト候補生とともに戦い、刺激を受けた。

「安田君の手首の返し方は参考になりました。技術的なことだけでなく、打てないときにどうやって修正するか、気持ちの持ち方など勉強になることがたくさんありました。いまのままでは満足できません。上で通用する選手になりたい」

 その中村を相手ベンチから見ていたのが天理(奈良)の中村良二監督だ。夏の甲子園準決勝で中村に4安打(2ホームラン)7打点を許して敗北したが、国体でも抑えることができなかった。

 かつてプロ野球の近鉄バファローズ等でプレーした経験を持つ、その中村監督が中村奨成を称えて言う。

「アマチュアでは彼のようなキャッチャーは見たことがありません。すごい選手になりそうな雰囲気がありますよね。あれを『持っている』と言うんでしょう。甲子園では、記録をつくるために打席に入っているような感じさえありました」

 もちろん、中村監督が認めるのは雰囲気だけではない。

「カナダで成績が悪かったようですが、夏の甲子園で6試合を戦ったあとの大会ですから、それだけで評価するのは酷ですよね。甘い球を逃さず、しっかり仕留めるバッティング。守備では、ボールを捕ってからが速いし、肩も強い。それに、足も速い。三拍子が揃っているうえに、長打も打てて、チャンスにも強い。プロでも、チームの中心選手になれそうな感じがします。高いレベルで活躍するためには、運を味方につけることも大事になりますね」

 中村が強運の持ち主であることに異論のある人はいないだろう。夏の甲子園では、チャンスで中村に打席が回り、それをことごとくモノにしてきたのだから。

 現代の野球では、キャッチャーには専門性が求められる。打てなくてもしっかり守れればそれでいいという風潮がある。しかし中村はごく稀に出現する、そんな風潮を覆す選手──打てて守れて走れるキャッチャーになれるはずだ。「中村奨成のようになりたい」という子どもたちが、こぞってキャッチャーミットを構える日が来るかもしれない。