世界の国々でサッカーを観戦することは、生き残る術を身につけることでもある。蹴球放浪家・後藤健生が長年のサッカー放浪で学…
世界の国々でサッカーを観戦することは、生き残る術を身につけることでもある。蹴球放浪家・後藤健生が長年のサッカー放浪で学んだのは「ビールの重要性」だ。世界中で愛されるビールを通じて知った、訪れた国々の「衝撃の真実」!
■軍事政権下の「アルコール」の味
2014年秋にミャンマー(旧ビルマ)に行きました。AFC U19選手権(現U20アジアカップ)があったのです。翌年のU20ワールドカップのアジア予選を兼ねた大会です。ミャンマー最大の都市であるヤンゴン(旧ラングーン=旧首都)と現在の首都ネピドーが会場でした。
ネピドーは軍事政権が建設した人口都市。軍事パレードに使うためか、やたら道幅が広い道路ばかりで、人の生活感はあまりない都市でしたが、庶民的なマーケットを見つけたので、雑貨屋でビールとワインを買ってきました。もちろん「話のタネに」と思って、どちらもミャンマー製です。
「さて、ミャンマーのアルコール類はどんな味かなぁ」と思って飲んでみたら、これがビックリでした。
どちらも実に美味しかったのです。
■美味しい酒が「生まれる」背景
自分の無知に恥じ入りました。調べてみると、「通」の間ではミャンマーのビールは有名だったようで、数々の国際的な賞も取っていたようです。また、ワインはミャンマー奥地でドイツ人が作っているそうです。たしかに、山の多いミャンマーの地形を考えれば、ブドウ栽培に適した土地があるのも想像できます。
また、この国は、かつてはビールなしでは生きていけない英国人が支配する植民地だったのです。
ビルマにはスコットランド出身の行政官や軍人が多く、そのため、スコットランド的なショートパスを使ったフットボールが普及しており、日本の学生にフットボールを教えたビルマ人留学生のチョウディンもパス・サッカーを教えました。それが、今の日本のサッカースタイルにつながっているのです。
■U19選手権での「苦い」思い出
同じように、ミャンマーのビールも英国人(スコットランド人?)が持ち込んだものなのでしょう。
もっとも、ミャンマー・ビールを造っているミャンマー・ブリュワリーは1995年にシンガポールのタイガー・ビールなどが設立した比較的新しい企業で、一時は日本のキリンも出資していました。しかし、国軍系の企業だったので2021年の国軍クーデターの後、キリンは撤退しました。
アジアのビールは一般に薄味なものが多いのですが、ミャンマー・ビールはキレが良いのと同時にコクがあって非常に美味しいものでした。早く、再びミャンマーが民主化して日本でもミャンマー・ビールが飲めるようになるといいのですが……。
なお、この大会でU19日本代表は準々決勝で北朝鮮と対戦。一方的に攻め込んだものの、カウンターから先に失点。南野拓実のPKでなんとか追いついたものの、相手GKの大健闘もあって引き分けに終わり、PK戦では最後に南野が外してしまって敗退となりました。