F1第5戦サウジアラビアGPレビュー(後編) 第5戦サウジアラビアGPの金曜FP2──。角田裕毅(レッドブル)は残り9分で必要のないクラッシュを喫してしまう。 しかし、レッドブルのモータースポーツアドバイザーであるヘルムート・マルコは、クラ…
F1第5戦サウジアラビアGPレビュー(後編)
第5戦サウジアラビアGPの金曜FP2──。角田裕毅(レッドブル)は残り9分で必要のないクラッシュを喫してしまう。
しかし、レッドブルのモータースポーツアドバイザーであるヘルムート・マルコは、クラッシュがあっても角田の貢献ぶりを高く評価していた。
「金曜日がこんなによかったのは、久しくなかったと言えるだろう。予選ラップに関して、いくつか異なるセットアップを試したが、それがうまくいったんだ。
そのおかげでマクラーレンにかなり接近することができた。意図的に違うセットアップで2台を走らせられたので、どの方向性に進むべきかが見えたんだ」
レッドブルのマシンをどこまで理解できるかがカギ
photo by BOOZY
シーズン開幕当初から苦しんできたマシン挙動の問題が風洞やシミュレーションの誤差によるものだと、レッドブルは特定し始めている。
どんな風洞も実走との間に誤差はあるものだが、現行レギュレーション最終年で重箱の隅をつつくようなレベルまで開発が進んでいる今となっては、そのほんの小さな誤差が大きなパフォーマンスの差となって現われてしまう。ましてや、思わしくない挙動を修正するためのセットアップを見つけ出す作業は、そのような誤差のなかでは難しくなる。
だからこそ実走データが重要であり、そこをふたりのドライバーが同等レベルで走行できて、比較データ収集ができるのは非常に大きく、角田加入の効果は着実に表われてきているのだ。
しかし、「結果」はコース上のここ一番でしか出すことができない。
マックス・フェルスタッペンが驚異的なドライビングでポールポジションをつかみ取った一方で、予選Q3のアタックで攻めた角田は、RB21が初めて示す挙動に直面してタイムをまとめきれず、8位に終わってしまった。
「ターン4ですごくスナップ(※)が出てしまって、その先も予測できないスナップが出続けて、どこがマシンの限界なのかをつかむのがかなり難しい状態でした。
※スナップ=コーナリングの途中で急にリアのグリップを失うこと。
Q3では(唯一の新品タイヤアタックである)最後のアタックがすべてなので、1000分の1秒単位まで削り取るために限界までプッシュしたんですけど、今はまだマシンの限界をつかむのが難しくて、すごくとっ散らかったアタックになってしまいました」
【優先すべきは目前のポジションではない】
路面温度が10度ほど下がって「マシンが蘇った」と語ったフェルスタッペンとは対照的に、角田は「マシン挙動が悪化した」と振り返った。
「路面コンディションがよくなかったFP3では気持ちよく走れる仕上がりだったので、本当は(FP3の)クリーンな路面ではもう少しマシンがナーバスでドライブするのが難しい状態のほうがよかったのかもしれません。それが予選になって、マックスとは逆にマシンがよくなくなった理由かもしれません」
Q2のタイムでも予選6位だっただけに、角田は悔しがった。それを挽回しようと、決勝では最低でもポジションを上げて上位集団のなかでフィニッシュし、ポイントを稼ぎたいと言った。
その力みが、決勝では逆効果になってしまったのかもしれない。
タイヤのデグラデーション(性能低下)が小さく、コース上での追い抜きはほぼ不可能。1回のピットストップだけがポジションアップのチャンスであり、セーフティカーが出ればその可能性すらなくなるという焦りに似た思いも、どこかにあったかも知れない。
その結果として、前のカルロス・サインツ(ウイリアムズ)を抜くどころか、うしろから襲いかかってきたピエール・ガスリー(アルピーヌ)だけは絶対に抑えなければならないという思いが強くなり、ターン4での接触につながってしまったように見えた。
FP2のクラッシュにしても、決勝のリタイアにしても、今の角田にとっては目の前のポジションではなく、1周でも多く走り込んでマシンの理解を深めることが最優先事項である。そのことが曖昧になったがゆえの結果ではなかったか。
決勝で上位争いができるようにするには、上位グリッドの確保が必要不可欠だ。そのためには、予選でマシンの限界近くまで攻められるくらい、マシンに対する理解を深めて性能を引き出すことが課題になる。
だからこそ、今は目の前のポジションよりも長い目で見たマシン習熟を優先することが何よりも大切だったはずなのだ。
それができて初めて、マックス・フェルスタッペンという巨大すぎる壁と戦うスタート地点に立つことができる。今の角田はまだ、そのスタート地点に立つ準備をしているにすぎない。予選6位や8位と言っている今は、角田の実力勝負ではない。本当の意味でフェルスタッペンと実力比べをするのは、それからなのだ。
【日本のF1の歴史が変わる瞬間へ】
幸いなのは、チームが角田の実力を評価し、そのスタート地点に立つためのプロセスをしっかりと待ってくれていることだ。
ヘルムート・マルコはこう語る。
「フリー走行などプレッシャーがかからない状況下では、常にマックスの0.2〜0.3秒以内のところにいる。これは今まで、ほかのどのドライバーにもできなかったことだ。
予選では少しオーバードライブしてしまっているが、我々が望むパフォーマンスを発揮できるところまで着実に前進してきている。決勝でもポイントを獲得できるところまで来ているのも確かだ。彼はしっかりとした自信を持っているし、自分がどんなマシンを求めているかもはっきりと見えているから、セットアップ面でも自分が進むべき方向性に進んでいる」
昇格から多忙を極めた3連戦を終え、ようやくヨーロッパに戻った角田には、シルバーストンで2023年型RB19を使った旧型車テストが待ち受けている。ここでさらに準備を進めることができる。
「着実に成長はしてこられたと思いますし、マシンに対する自信のレベルも高まっています。まだマシンのパフォーマンスを常に安定して引き出すための学習の途中ではありますけど、それも少しずつ進められていると思っています。
もしそこで焦って先を急いでしまうと、このクルマではうまくいかないでしょう。そういうのは正しいアプローチの仕方ではないと思いますし、今、僕が採っている(慎重に一歩ずつ理解を深めていく)やり方にはとても満足しています。実際にそのおかげでいいパフォーマンスを発揮できているので、これを続けていくだけです」
今までの日本人ドライバーが到達することのできなかった場所で戦うことができる実力は、この3戦ですでに証明してみせた。そしてそのスタート地点に立つ日は、そう遠からずやってくる。
我々は今、日本のF1の歴史が変わろうとするその瞬間を目撃している。