島根県立大東高校(雲南市大東町)に今春、レスリング部が誕生した。レスリングを通じた生徒の確保とともに、地域活性化も狙う…

 島根県立大東高校(雲南市大東町)に今春、レスリング部が誕生した。レスリングを通じた生徒の確保とともに、地域活性化も狙う。最初の部員は県内外から入学した1年生5人。1996年のアトランタ五輪グレコローマンスタイル48キロ級7位で、現在は雲南市教育委員会スポーツ振興担当次長を務める嘉戸洋さん(53)=同県美郷町出身=らが指導している。

 活動を始めて3日目、今月12日の土曜日。部員5人は午前中、学校近くの市民体育館で2時間、寝技の攻めと防御などを繰り返し練習した。嘉戸さんからは「反復が必要。感覚で覚えていかないと」と声を掛けられたり、出来なかったことを明確にして次の練習に臨むよう指示されたり。5人は午後には市内の別のスポーツ施設に移動し、さらに2時間練習をこなした。

 部員の伊内湊音(いないみなと)さん(15)は山口県出身。幼稚園の時にレスリングを始めた。九州や北陸の高校から誘われたが、「中国地方で勝ち上がって全国大会に行きたい」との思いがあり、「寮があって、環境が良くて」と評価する大東高校を選んだ。「まだ3日だけど、技の精度が上がった気がする。技をかける時のコツをみんなで考え、共有できるのがおもしろい」

 「今は技を覚えていくのが楽しい」と話す吾郷煌介(おうすけ)さん(15)は、唯一の地元育ちだ。4歳の頃にレスリングを始めた。レスリング部ができると聞き、進学先に大東高校を選んだという。

 2030年に開かれる第84回国民スポーツ大会と今夏の全国高校総体のレスリング会場は雲南市だ。コーチの一人で大東高校教諭の澤谷隆成(たかなり)さん(52)は「地元から選手を出そうと。大会終了後もレスリングを地域に根付かせ、地域を活性化したい」と、レスリング部創部の目的について話す。大東高校では近年、志願者が定員を下回っていることも創部の背景にあり、「レスリングという魅力をつくって生徒を確保できれば」。

 雲南市内には、幼児から中学生までを対象とした加茂B&Gレスリングクラブがある。現在は市内外の約20人が練習に励む。全国大会に出場する子どももいるが、近くにレスリング部のある高校がなく、経験者が市外に「流出」していたという。

 加茂B&Gレスリングクラブの監督で、大東高校レスリング部のコーチを務める原恵介さん(46)は以前から創部を訴えていたといい、「高校まで教えられる環境をつくりたかった」と悲願成就を喜ぶ。(石川和彦)

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 嘉戸さんは、島根県立川本高校(現島根中央高校)から国士舘大に進み、アトランタ五輪に出場した。日本オリンピック委員会レスリング専任コーチを務めた後、2007年に環太平洋大(岡山市)の体育学科教員に。女子レスリング部の監督を14年間務め、今春、雲南市に採用された。

 「島根のスポーツ振興に寄与したいという思いがあった。現役のころ、島根の方々に応援していただき、感謝の気持ちがあった」。そんなとき、大東高校レスリング部での指導のオファーがあった。自らの年齢を考えると「心身ともに本気で取り組めるのはあと10年ぐらい。ならば今だな」と思い、島根に戻ることにしたという。

 指導の基本は「レスリングを楽しもう」だ。レスリングをする目的は個々に違うが、「ニーズを満たしてあげるのが私のコーチングスタンス。その延長に勝利がある。コミュニケーションを図り、選手たちのことを理解していきたい」と話す。

 部員には「本質」と呼ぶ基本の動きを伝えている。「全日本クラスも初心者も『本質』は変わらない。理論と実践を何回も繰り返しながら、教えている」。部員は全員意欲的だといい、「それに応えたいし、やる気をもらっている。この子たちとレスリングができて、わくわくしている。体はきついが、楽しい」。当面の目標は高校総体出場だ。(石川和彦)