幼少期から英才教育を受けて育つエリート選手が上位を占める卓球界。そんな業界の常識を覆したのが今秋、スウェーデンで卓球のプロ選手になった英田理志(あいださとし)だ。高校時代にインターハイで2回戦負けだった英田はなぜ卓球選手を職業に選ぶに至った…

幼少期から英才教育を受けて育つエリート選手が上位を占める卓球界。そんな業界の常識を覆したのが今秋、スウェーデンで卓球のプロ選手になった英田理志(あいださとし)だ。高校時代にインターハイで2回戦負けだった英田はなぜ卓球選手を職業に選ぶに至ったのか。後編となる今回は実業団選手からプロ選手になる決意をした意外な経緯に迫る。

仕事と卓球の両立に苦しむ

朝日大学を卒業した英田は、鉄道や道路設備の工事などを行う信号器材に就職する。言わずと知れた神奈川の名門卓球部を有する同社を選んだのは、日本リーグで活躍するカットマンの太嶋佑人、朝日大時代に東海大会で対戦していた愛工大出身の北村祐馬らの存在が大きかった。

だが「そこからが大変だった」と振り返る。実業団のメンバーとは言え、会社員である以上、仕事もこなさなければならなかったのだ。

日本の実業団チームは大別すると3つのタイプに分類される。「他の一般社員と同様フルタイムで働き空いた時間で練習をするチーム」「午前だけ仕事をして午後から練習するチーム」「仕事はせずに練習に専念できるチーム」である。

英田が選んだ信号器材では「業務第一優先」を掲げている。工事現場の現場代理人という仕事を割り当てられた英田はフルタイムで働き、必然的に練習量は激減した。

「練習時間は学生時代の半分以下に減りましたね。21時頃に仕事が終わって練習場に向かっても皆仕事が忙しいので、誰も練習場にいない日もありました」

そこで英田は練習効率を上げる方法を考える。

「バックサーブと攻撃。僕のこの2つの特長をとにかく磨くことを徹底しました。サーブ練習とトレーニングなら1人でも出来るので、ひたすらやりこむ。週末はいろんな大学に行かせてもらって、カットよりも攻撃練習の比率を上げていました」

この「選択と集中」は信号器材での仕事を通して学んだことだという。現場代理人という「日中は工事現場、帰社して書類作成」というルーティンの中で、「仕事のできる先輩は大事な仕事に集中して時間を割いている」ことを発見していたのだ。






英田の「卓球日誌」。今は25冊目の最終ページに突入している。

なんでもきっちり取り組み結果を求める。そんな英田らしい几帳面な性格を象徴するものがある。高校時代から毎日つけているという「卓球日誌」だ。中身は試合の反省や格言など文字でびっしり埋まっている。

また、信号器材は日本リーグの中では常に1部残留をかけて戦う苦しい戦力のチーム。この「緊張感」がある環境も英田はプラスに捉えていた。「自分が勝てばチームが勝てると信じて真剣に、必死にプレーできる環境が信号器材にいられる良さでした」

朝日大と信号器材での計6年半の日本リーガーとしての経験が英田の選手としてのレベルを大きく押し上げ、日本のトップ選手と互角に戦えるようになっていく。

チャンスは急に訪れる



実業団選手となった英田は日本のトップ選手に肉薄することが多くなっていた。「昔は負けて当たり前だったので負けてもケロっとしてましたが、最近は負けると本気で悔しい」と真剣な眼差しで語る。2017年はその「悔しい」思いを痛いほど思い知る試合が続いた。

今年1月の全日本選手権4回戦では吉田雅己(協和発酵キリン)に2-0とリードをするも逆転負け。

また、4月の日本リーグビッグトーナメントでは松平賢二(協和発酵キリン)、森田侑樹(シチズン時計)と日本リーグ1部チームのエースを連破。そのまま優勝を狙えると思った矢先に松下海輝(日鉄住金物流)に1ゲームを先取しながらも逆転負け。

「このままではいけない、何かを変えなきゃ。でも具体的にどうすればいいかわからず、もやもやしていました。」

そしてビッグトーナメントでの悔しい敗戦の5日後、英田の運命を変える電話が鳴る。

電話の主は英田の用具スポンサーであるヤサカの矢尾板社長だった。「スウェーデンリーグが日本人選手を探してる。英田くんチャレンジしてみないか」

英田は世話になっている会社とチームとのことが真っ先に浮かび、即答を避けて電話を切った。

しかし、この時点で英田の腹は決まっていた。

「チャレンジしてみたい。今がその時だ。」

英田は直感でスウェーデン行きを決めた。いつも勝負所で使うサーブを直感で決めるのと同じように。  

英田が所属するスパルバーゲンとは?




この日の英田のソックスはスウェーデンカラー。もちろん意識して履いてきたという。

こうして8月半ばに信号器材を退職した英田はスウェーデンリーグ1部のスパルバーゲンへの所属が決まった。スパルバーゲンはバルセロナ五輪金メダリストのワルドナーや神巧也(シチズン時計)が所属していたことのある名門クラブだ。

「僕が住む場所がシチズンのジンタク(神巧也)さんが大学4年の時に住んでいたアパートなのでちょっと安心。WiFi通ってるって神さんから確認してるんで試合で勝ったらLINEします」と語るその表情からは不安は微塵も感じられない。

英田開幕戦2連勝

取材を終えてスウェーデンに旅立った英田から久々にLINEが来た。



開幕2連勝の報告、そしてスウェーデンリーグのサイトでの試合結果の見方まで丁寧に教えてくれた。

プレーオフを含めると来年4月まで続く今シーズンで英田はどういう成長を見せるのか。

今後の英田のスウェーデンでの活躍から目が離せない。

写真・文:川嶋弘文(ラリーズ編集部)