F1第3戦・日本GPレビュー(後編) 日曜に予報されていた雨は、朝にひとしきり降って路面を濡らしたが、やがて1コーナー方面には晴れ間ものぞき始めた。 ウェットに賭けて重いリアウイングを選んだ角田裕毅(レッドブル)にとっては、恨めしい天気だっ…

F1第3戦・日本GPレビュー(後編)

 日曜に予報されていた雨は、朝にひとしきり降って路面を濡らしたが、やがて1コーナー方面には晴れ間ものぞき始めた。

 ウェットに賭けて重いリアウイングを選んだ角田裕毅(レッドブル)にとっては、恨めしい天気だった。


鈴鹿に集まったファンの声援に応える角田裕毅

 photo by BOOZY

 鈴鹿は抜きどころが少なく、ストレートが遅ければオーバーテイクは難しい。

 角田は果敢なオープニングラップのバトルで、ターン1〜2でリアム・ローソン(レーシングブルズ)のインをうかがいながら、引くべきところは引き、スプーンでチャンスを見つけてインに飛び込み、13位にポジションを上げた。

 だが、その後はトレイン状態のレースとなる。ペースは周囲の中団勢よりも明らかに上だったが、身動きが取れないレースが続いた。

「雨にならなかったのも不運でしたし、タイヤのデグラデーション(性能低下)が大きくなればまだ展開としてはよかったんですけど、今日はデグラデーションがほぼゼロだったので、すべてが僕にとってはよくない方向にいってしまいました」

 今年は東コースが再舗装され、グリップが上がったことでタイヤにも優しくなり、デグラデーションがほとんど発生しない状況になった。

 ほとんど動きのないモナコのような退屈なレースだった、というネガティブな声もファンや関係者の間で散見されたが、鈴鹿サーキットは今も昔も変わっていない。

 そもそも、今のF1はマシン性能が拮抗しているため、バトルは難しい。それを可能にしているのは、タイヤのデグラデーションをいかに抑えるか、どのようなタイヤ戦略を採るかであり、そのタイヤ差によって1秒以上の差を生み出してバトルを繰り広げているのだ。

 だが、デグラデーションそのものが存在しなければ、マシンの差だけの勝負になる。これではどんなドライバーでもバトルはできないのだ。

 それは角田にとっても同じで、22周目に後方のニコ・ヒュルケンベルグ(キック・ザウバー)が動いた直後にピットインし、前のピエール・ガスリー(アルピーヌ)をアンダーカットすることに成功した。

 だが、その後は再びフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)に抑え込まれ、重いリアウイングをつけた角田のマシンではストレートで並びかけるところまで行けずに終わってしまった。

【ホンダ責任者も驚いた角田の成長】

「ホームグランプリなので、ファンの皆さんの前でポイントを獲って終えたかった。オーバーテイクが難しいのはわかっていましたけど、そのなかでも最大限やれることをやってなんとかできればと思ったんですが......」

 マシンを降りた角田は、口を真一文字に結んで、それでもファンの声援には手を振って応えた。

 逆にそういった状況を味方につけ、最速ではないマシンでポールポジションから優勝をもぎ取ったマックス・フェルスタッペンの腕を、まざまざと見せつけられたレース週末でもあった。

 だが、12位という結果ではなく、内容に目を向ければ、収穫は多かった。

「今日はこのクルマで初めて53周という長い周回数を走ることができて、いろんなことを学べました。1周ごとに違うことが起きて、クルマに対する理解もかなり深まったと思います。結果を除けば内容はとてもよかったと思いますし、今週末の成長は想像していた以上でした」

 レッドブルの用意したマシンに乗せてもらっているという姿勢ではまったくなく、むしろ角田が若手エンジニアたちをリードしてセットアップやレースを進めていくようなフィードバックの仕方だった。

 レッドブルの首脳陣やエンジニアたちも角田のそういった成長ぶりには驚きを隠せない。すでにチームの主要な一員として、当たり前のようにいる存在となっている。

 決勝の戦略についても、チームが提案した案に対して角田は自身の考えを論理的に述べ、チームを説き伏せてハードタイヤスタートからミディアムタイヤスタートに切り替えたという。

 ホンダの現場運営責任者であり、レッドブル側の担当チーフエンジニアでもある折原伸太郎トラックサイドゼネラルマネージャーは、久々にレース週末の角田を間近で見て、その成長ぶりに驚いたという。

「レッドブルに来た裕毅を見て驚いたのは、チームやエンジニアに対してかなりサジェスチョン(提案)をしていて、チーム側もそれに耳を傾けているということです。クルマの挙動に対するコメントがより詳細になっていて、クルマで何が起こっていて、それに対してどうしてほしいのか、すごくわかりやすく説明できています。

 セッティングに関しても、自分から意見を言ってエンジニアと会話しながら進めていて、チームも裕毅のコメントをすごく聞いて作業を進めていました。チームのなかでけっこうイニシアチブを持ってやっているなと感じました。

 マックス側のエンジニアや上級エンジニアも、裕毅のコメントに耳を傾けて参考にしていたくらいで、裕毅のフィードバックはチーム側にいい印象を与えていたように感じられました。ほかのエンジニアも『今までこういうことはなかったと思う』と話してしました」

【新しい歴史はまだ始まったばかり】

 レッドブルというトップチームで走ったからこそ、角田裕毅というレーシングドライバーの成長があらためてハッキリと見えた。

 そして、中団チームでは経験することのなかったレベルのマシンやレースを経験することで、角田はさらに急速に成長していくことだろう。

 今年の日本GPで角田が生み出したのは、「結果」ではなく、その成長の「再確認」であり、さらなる成長への「第一歩」だった。

「今日はたくさん走り込んで、クルマについてたくさんのことを学べました。53周のレースを走ってマシンに対する自信は、FP1の走り始めと比べればまったく違うレベルになりました。

 今、予選をやれば結果は違っているはずですし、次のレースではもっとうまくやれるはずです。もっとプッシュできると思います。次のレースに向けてワクワクしています」

 日本人がトップチームでトップドライバーたちと同じように走り、同じように表彰台に立ち、同じように勝つ。毎戦、当たり前のようにその世界トップレベルの場所にいて、トップを争っている──。

 そんな新しい未来を、角田裕毅は見せてくれる。

 新しい歴史はまだ始まったばかりだ。