極私的! 月報・青学陸上部 第38回 日本学生陸上競技対校選手権大会――。 陽が落ち始めると日中の暑さが嘘のように過ごしやすくなった。サブトラックでは5000mに出場予定の選手が調整しており、19時20分からのレースに備えている。 9月…

極私的! 月報・青学陸上部 第38回

 日本学生陸上競技対校選手権大会――。

 陽が落ち始めると日中の暑さが嘘のように過ごしやすくなった。サブトラックでは5000mに出場予定の選手が調整しており、19時20分からのレースに備えている。

 9月9日、福井陸上競技場では気温以上に熱く、感動的な出来事があった。

 桐生祥秀(東洋大・4年)が100mで日本人初の9秒台となる9秒98を出し、日本新記録を達成。トラックもフィールドも一瞬時間が止まり、喜びを爆発させる桐生に向けて、超満員となったスタンドからの大きな拍手と歓声はなかなか鳴りやまなかった。

 その余韻がまだ残る陸上競技場で、吉永竜聖(4年)、神林勇太(1年)、吉田圭太(1年)の3選手が5000mのスタートラインに立った。

*    *    *

 青学大は8月4日から長野・菅平で1次合宿をスタート。続いて新潟・妙高高原で合宿を終えた後、長野・御嶽で選抜メンバーだけの合宿を行ない、27日に終えた。御嶽合宿は今年で4年目である。

 クロスカントリーでの距離走、ポイント練習など毎年ほぼ同じメニューの練習をしており、練習のデータを取っている。なので、この練習でこのくらいのタイムで走れば、秋はこのくらい走れるだろうという予測がつく。そのデータから見た今年の選抜合宿の出来はどうだったのだろう。

「タイム的にも走り込み自体も例年以上で、いい夏合宿ができたと思います」

 キャプテンの吉永は、そう言った。ポイント練習など強度の高い練習を消化。さらにしっかりと走り込み、チームとしていい練習が積めた。主力で思うような練習ができなかったのは、田村和希(4年)だけだ。それでもポイント練習には参加し始めており、出雲駅伝はギリギリ間に合うようだ。トラックシーズン、故障で出遅れた梶谷瑠哉(かじたに りゅうや/3年)も夏ですっかり調子を取り戻した。

「今年は弱いとか言われていますが、夏合宿に入って陸上に集中できる環境が整って、ミーティングを重ねました。そこで駅伝に対する思いをみんなで共有できましたし、足並みをそろえて練習ができました。前期のトラックシーズンに入った頃の不安というのは解消できていますし、チームの雰囲気もだいぶ変わりました。ひとりひとり責任感が出てきて、レースに向かう厳しい姿勢が見えてきたと思います」

 春先は吉永自身、キャプテンとしての在り方について原晋監督の考えと合わず、意思疎通がなかなかできなかった。その影響や主力選手に故障者が出るなど、チームの雰囲気はあまり良くなかった。そうした負の流れを夏合宿で一掃できたのは大きい。

「ただ、これから駅伝シーズンに向けての課題というか不安もあります」

 吉永はちょっと困ったような表情で、そう言った。今年の青学には、昨年の一色恭志(ただし)のような絶対的なエースがいない。

 昨年は、一色以外にも4年生には安藤悠哉キャプテン、秋山雄飛、茂木亮太、池田生成(きなり)ら実力を備えた個性派が揃っていた。チームは「一色頼み」の部分もあったが、彼のレースに対する厳しさがチーム内に浸透。刺激を受けた選手が高みを目指して練習に取り組み、学内TT(タイムトライアル)や記録会で結果を出していった。そうして「やれる」という自信を醸成し、それぞれが自分の役割を果たして3冠を達成した。

 だが、今年のチームは”エース不在”という影響もあるのだろうが、例年とちょっと様子が違うというのだ。

「夏合宿のメニューやデータを見ると昨年以上の練習が積めているんですが、それを試合に還元できていない選手がいたり、自分がやってきた練習に対して自信が持てていない選手が多いんです。それはすぐ解決できる問題じゃないんで難しいですね。最初に1本、レースで結果を出せれば、自信を掴むキッカケにはなると思うんですが、そこから駅伝を走るレギュラーを勝ち取れるかどうかはまた別の話になってくる。自分も含めてですが、何とか積み上げてきた練習を自信にうまくつなげていかないとヤバいなっていう危機感があります」

 吉永は厳しい表情で、そう言った。

 練習や努力を結果に結びつけられない――それにはいろいろな理由があると思うが、ひとつは成長する前の停滞期に入っているのではないだろうか。夏合宿で質の高い練習をしているので力はついているが、それが形になって出るまでには個人差がある。すぐに結果を出す選手もいれば、時間がかかる選手もいる。ただ、これから夏の疲れがとれてくれば調子が上がり、合宿の練習量を結果に反映できるようになる可能性が高い。また、今年のチームは「弱い」と言われているだけに、結果を出したいという気持ちが強すぎて、それが力みやプレッシャーとなり、結果に結びつけられていないのではないか。

 もうひとつ、要因のひとつとして考えられるのは、厳しい言い方になるが、目標をきちんと設定し、自分が進むべき方向性や成長を意識して練習に取り組んでこなかったからだろう。

 合宿も含めて、与えられたメニューを人の後ろについていくだけでは”練習をこなしている”だけになってしまう。それでは練習を自信や成長につなげられない。結果、タイムも上がらないし、レースに勝つのも難しくなる。結局、「自分はこれだけやってきたのに……」とダメだった時の言い訳にしてしまい、やってきた練習に対しても自分に対しても自信を失ってしまう。

 たとえば30kmの距離走で設定タイム内に走ることだけを目指す選手と、本番を想定してkmごとに自分でタイムを考えて走る選手とでは当然、その後の成長に差が出てくる。そうしたちょっとした意識の差が大きく、そこに選手が気づくかどうかなのだが、おそらくは合宿で”練習をこなす”ことに満足してしまった選手が多いのではないだろうか。

 いずれも一朝一夕に解決できるものではなく、本格的な駅伝シーズンに向けてチームは小さくない不安を抱えこんでしまった。

*    *     *

 日本インカレは3人にとって、単なる1レースではない。

 今回のレースは、出雲駅伝のメンバーが固まりつつある中、3人による学内選考の追試となる。最後の椅子を1年生の神林、吉田、そしてキャプテンの吉永の3人で争うのだ。

 スタートから2000mまでは3人とも中間から前に位置し、悪くはなかった。だが、そこから吉永がまず遅れ始めた。周囲のスピードについていけず、粘ってついていくレース展開にならなかった。吉田は留学生たちの先頭グループに入り、7番手あたりについていた。残り1600mぐらいから吉田のピッチが落ち始め、神林との差が詰まる。神林が汗を飛ばし、懸命に吉田を追うが、ラスト1周で逆に吉田が差を広げた。そのまま2人の順位は変わらず、フィニッシュした。

 吉田はスピードに対応した粘りの走りを見せ、14分00秒85で9位。神林は14分07秒77で12位とタイム的には平凡だったが、とりあえず追試に合格し、部内での競争に生き残った。 

 神林は、冷静な表情でレースを振り返った。

「今日は選考もありますが、自分の状態を確認するレースでした。直前まで合宿をやってきて、距離を走り込んできたなか、十分な調整ができていなかったんです。その状況でどれだけ自分が走れるか、わかればいいかなって思っていました。監督からは14分10秒を切れば合格と言われていたので、最低限の指示は守れたかなと思います」

 原晋監督が出した指示を守り、駅伝メンバーのライン上に生き残った。だが、神林にとっては同じ1年生の吉田に負けたことが引っ掛かっているようだ。

「吉田に負けたのはホント悔しいですね。どんなレースであっても彼についていきたいし、最後は差したい気持ちがあったので……。ただ、お互いにいい状態でここまで来ていますし、今回はどうしても勝たないといけないレースではなかったので、この結果はあまり気にせず、自分の状態をしっかりキープしていくことを考えていきたいです」

 チームはこの後、再び新潟・妙高高原での合宿を経て、部内でのタイムトライアルで出雲駅伝の出走メンバーがほぼ決まる。その後、9月末の世田谷記録会を走り、出雲駅伝の本番を迎えることになる。

「今回は自分の調子が上がって一度落としてきているんで、自分の力通りの結果ではないと思います。実際、タイムも順位も今ひとつですし、ラストスパートもまだまだでした。ただ、シーズンベストを出せたのはよかったですし、これから涼しい秋に入れば自己ベスト更新、状態が良ければ13分40秒台も見えてくるかなと思います。正直、ここまでは順調にきているので、あと駅伝、まずは出雲でいい結果を出したいです」

 神林は力強い声で、そう言った。夏合宿でのタフな練習が神林にそう言わせるだけの自信を身につけさせたようだ。

 一方、吉永は追試に失敗した悔しさを表情ににじませた。

「出雲の枠を争う学内選考の追試で1年生に負けてしまったので、順調にいけばこのまま彼らが走る結果になるでしょうね。昨年は調子が上がってくるのが3次合宿からと遅かったので出雲に間に合わず、全日本からになってしまったんです。でも、今年は前期こそ存在感を出せていなかったですが、夏合宿では下田(裕太・4年)と一緒に先頭に立って練習できていたので、何とか出雲から出たかったんですが……うーん、きついなぁ」

 そう言って無念そうに視線を落とした。夏合宿に入ってチーム内での練習は他の選手よりも走れるようになった。しかし、その走りをうまくレースにつなげることができていない。今の青学の選手が抱えている問題を吉永自身も抱えていたのだ。

「もう4年なのに、いまだにそれが課題というのは……」

 そう言ってため息をついた。4年生でキャプテンという立場を考えると忸怩(じくじ)たる思いがあるだろう。

 昨年の出雲駅伝は4区の茂木、5区の安藤ら4年生の快走で優勝を勝ち取った。アンカーでゴールした一色の涙に4年生がつないだ襷(たすき)の重さと4年生の絆の強さを感じた。それを間近で見ていただけに吉永は、なんとしても今年は4年生として出雲に出走したかったはずだが……。

*   *   *



原晋監督が学内のイベントで、出雲駅伝のエントリーメンバーを発表した

 9月23日、青学グリーンフェスティバル――。

 青山学院大の構内で模擬店やイベントなど、さまざまな催し物が行なわれる青学OB、OGの学園祭である。前日の雨が上がり、気温22度と過ごしやすい天候の中、大勢の人がアイビーステージの前に集まっていた。これから出雲駅伝の登録メンバーが発表されるのだ。昨年もこのグリーンフェスティバルで発表されて大いに盛り上がり、すっかり人気イベントのひとつに定着した。

 チアリーダーの応援、応援団のエールが終わると原晋監督が登壇した。マイクを片手に選手の名前を呼び上げていく。

 下田裕太(4年)、田村和希(4年)、吉永竜聖(4年)……。

 追試で敗れ、メンバー入りが難しいと考えていた吉永が入った。梶谷瑠哉(3年)、橋詰大慧(たいせい/3年)、小野田勇次(3年)、森田歩希(ほまれ/3年)、竹石尚人(2年)、神林勇太(1年)、吉田圭太(1年)。

「箱根駅伝を走った5人、フレッシュな5人。箱根駅伝を走ってもメンバーに選ばれない選手もいます。それだけ今回は層が厚くなった。ただ、出雲は東京五輪も狙える優秀な2年生がいる東海大さんが一歩リードしている。簡単にいかないが3連覇したい」

 原監督はそう言った。ほぼ順当なメンバーだろう。

 田村は「まだ70%ぐらい」と言うが、ピーキングがうまい選手。きちんと合わせることができれば、大きな戦力になる。

 下田は「アンカーを走る」と宣言していた通り、今も絶好調で、おそらくアンカーになるだろう。吉永はホッとした表情を見せ、「夏合宿の頑張りを認めてもらったのかなと思います。状況的には難しいですが、ここまできたら、何とか出雲を走りたい」と意欲を燃やした。原監督は昨年どの駅伝でも勝負を決める重要区間には必ず4年生を起用してきた。キャプテンの出雲出走は、ここにきて俄然、現実味を帯びてきた。

 同時に驚きもあった。昨年、出雲で1区を走った鈴木塁人(たかと/2年)がメンバーから落ちている。また、中村祐紀(4年)もいない。中村は腰痛を抱え、鈴木は8月下旬のユニバシアードから調子を落としており、全日本に向けて調整しているという。

 出雲駅伝のメンバー10名が決まったが、出走できるのはわずかに6名。これから、どのようにピーキングして、誰がどこを走るのか。3連覇に向けて、難敵・東海大を意識しつつ、原監督は区間配置で大きな決断を迫られることになる。

(つづく)

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