「ロッテ2-3オリックス」(3日、ZOZOマリンスタジアム) オリックスの平野佳寿投手(41)が3日、ロッテ戦(ゾゾ)で今季初セーブを挙げ、史上4人目の通算250セーブを達成した。41歳0カ月での到達は佐々木主浩(横浜=現DeNA)の37…
「ロッテ2-3オリックス」(3日、ZOZOマリンスタジアム)
オリックスの平野佳寿投手(41)が3日、ロッテ戦(ゾゾ)で今季初セーブを挙げ、史上4人目の通算250セーブを達成した。41歳0カ月での到達は佐々木主浩(横浜=現DeNA)の37歳1カ月を上回る最年長記録。699試合目での達成は岩瀬仁紀(中日)の658試合を超えて最も遅い到達となった。
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「『大相撲の稽古を見に行きたいんです』と連絡が来まして…」。平野の鳥羽高2、3年時の担任で現在は京都府教育庁に務める田中英一氏は静かな語り口で述懐した。今年3月上旬。大相撲の大阪場所前のことだ。
平野は大相撲・幕内の宇良と同高の9学年先輩。さらに相撲部監督だった田中氏が高校時代の宇良を指導。その縁で木瀬部屋の稽古を見学した。
プロ入り前から意識は高く野球以外では極力、右手を使わないようにしていたという。京産大時代、チームメートとボウリングをする時はケガ防止のため左手で投げるほどだった。
京産大時代に寮で同部屋だった平野と同学年の恒川裕氏は「私生活も全て野球」と思い返す。学生時代は体の線が細く北宇治中時代の1学年後輩でバッテリーを組んでいた藤丸博克氏は「気さくな方で体は細く背が高かった」と懐かしむ。
平野の座右の銘『一所懸命』は、田中氏が授業で口にしてきた言葉。「人生で何か光るものを持ってほしいと」(田中氏)。NPB通算250セーブに王手をかけたのは2024年4月28日の日本ハム戦。そこから昨季は右肘の張りなどで戦列を離れた。苦難を乗り越えての節目の数字。チーム最年長のマウンド姿は眩(まばゆ)いばかりの輝きを放っていた。(デイリースポーツ・折原良輔)