5月のカルデナス戦に向け、絶賛調整中の井上。その動静は世界が熱視線を注ぐ。(C)Lemino/SECOND CAREER実に興味深い井上の「新基軸」「決定ではないですが、(年末には)フェザー級に上げて(WBA王者のニック・)ボールと戦うこと…

5月のカルデナス戦に向け、絶賛調整中の井上。その動静は世界が熱視線を注ぐ。(C)Lemino/SECOND CAREER

実に興味深い井上の「新基軸」

「決定ではないですが、(年末には)フェザー級に上げて(WBA王者のニック・)ボールと戦うこともある。そのあと、“戦うべき相手”がいるので、(スーパーバンタム級に)落とす。そういう選択肢もある」

 現代の最強王者・井上尚弥(大橋)がキム・イェジョン(韓国)を破壊的な4回KOで下した翌日の1月25日、大橋秀行会長は“モンスター”の今後のプランをそのように明かした。

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 ここで言及した“戦うべき相手”が、WBCバンタム級王者の中谷潤人(M.T)を指すのは明白。つまり、5月に正式発表されたラスベガスでのラモン・カルデナス(アメリカ)戦を皮切りに、これから約1年強の間、井上は順調にいけば、ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)、ニック・ボール、そして中谷という強豪と戦い続ける。その道程には世界中のボクシングファンの視線が集中し、井上への注目度を別次元に押し上げるだろう。

 その中でボール戦、中谷戦で実現する“階級上げ下げ”は、2012年から始まった井上のプロキャリアでの新たな挑戦となる。

 トップ選手が敗北後の復帰戦を上の階級でこなし、再び元の階級に戻るというのはよくある。ただ、世界戦レベルでそれを行うのはまた別の話。井上自身も「これは新たな挑戦です。日本人が誰も辿れない道になると思います」と意欲を示したこの新基軸は実に興味深い。

 コアなボクシングマニアの中では、主に1990〜2000年代に一世を風靡したロイ・ジョーンズ jr.(アメリカ)の例を挙げて一抹の不安を感じている者もいるのかもしれない。圧倒的な強さでミドル級からライトヘビー級までの3階級を制覇したジョーンズJr.は2003年3月、WBA世界ヘビー級王者ジョン・ルイス(アメリカ)に判定勝ち。実に106年ぶりとなる“ミドル級出身者によるヘビー級世界王座獲得”を達成。この時点で引退していれば“史上最高のボクサー”の候補に挙げられていたかもしれない。

 ただ、その年の秋に再びライトヘビー級に戻って以降、“スーパーマン”とまで称された王者は凋落する。同年11月のアントニオ・ターバー(アメリカ)戦では命からがらの判定勝ちを収めたものの、2024年5月のターバーとの再戦に3回KO負けして以降は3連敗。このように当時の最強ボクサーが急降下した理由として、ライトヘビー級→ヘビー級→ライトヘビー級と階級を変える過程で身体が対応しきれなかったと見る関係者は多かった。

 実際にヘビー級で戦うための身体を作り上げた後で、また階級を下げる際にはウェイトコントロールと筋肉の維持が難しかったのだろう。だとすれば、1戦限りの昇級はジョーンズJr.にとって“終わりの始まり”だったのかもしれない。こんなストーリーを思い返すと、軽量級で無敵の強さを継続してきた井上が階級を行き来することを懸念するファンがいるのも理解できるところではある。

階級を上げ下げしながら幾多の戦いを繰り広げた名手の一人であるカネロ。(C)Getty Images

階級を上下する選手の成功例は?

 もっとも、ジョーンズのケースはインパクトが大きかっただけに危険な例として語られがちだが、階級を上下する選手の成功例は少なからずある。現代ボクサーで最もわかりやすいモデルを選ぶなら、2016年〜2020年ごろまでスーパーウェルター級〜ライトヘビー級を自由自在に移動してビッグファイトを求め続けたサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)だ。

 2016年9月のリアム・スミス(英国)戦は、154パウンド(スーパーウェルター級/9回KO勝ち)で戦ったカネロは、2017年5月のフリオ・セサール・チャベスJr.(メキシコ)戦は165パウンド(スーパーミドル級のリミットに−3パウンド/判定勝ち)、2017年9月と2018年9月のゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)戦は160パウンド(ミドル級/引き分けと判定勝ち)、2018年12月のロッキー・フィールディング(英国)戦は168パウンド(Sミドル級/3回KO勝ち)、2019年5月にダニエル・ジェイコブス(アメリカ)戦は160パウンド(ミドル級/判定勝ち)、2019年11月のセルゲイ・コバレフ(ロシア)戦は175パウンド(ライトヘビー級/11回KO勝ち)、2020年12月のカラム・スミス(英国)戦は168パウンド(スーパーミドル級/判定勝ち)と目まぐるしくウェイトを上下させ、総じて優れたパフォーマンスを見せ続けた。

 また、一度はフェザー級まで階級を上げながら、2018年に約7年ぶりにバンタム級に戻って世界王座に返り咲いたノニト・ドネア(フィリピン)も顕著な成功例といっていい。そのほか、マニー・パッキャオ(フィリピン)、フロイド・メイウェザー(アメリカ)はスーパーウェルター級とウェルター級を行き来した時期があり、こういった一世代前の英雄たちの動きも重要なサンプルになる。

 ジョーンズJr.とカネロ、メイウェザー、パッキャオらを比べた時、大きな違いはヘビー級挑戦時のジョーンズJr.は明らかに最重量級用に身体をビルドアップさせて臨んだ点だ。もちろん無差別級のパワー、馬力に押し負けないために、それは必要だった。一方、カネロ、メイウェザー、パッキャオは基本的に同じスタイル、体型のまま複数の階級で戦った印象がある。もちろん一概に言い切れない部分ではあるが、とりあえずは1戦限定でフェザー級に上げる予定の井上にとってもこの点は参考になるのではないか。

階級制のスポーツであるがゆえの難しさと誰よりも真剣に向き合ってきた井上。だからこそ次なる挑戦は、非常に興味深い。(C)Takamoto TOKUHARA/CoCoKARAnext

「フェザー級の身体に来た時に上げるっていうイメージ」

「フェザー級にいくために(身体を)作るんじゃなくて。フェザー級の身体に来た時に上げるっていうイメージ。これまで(の昇級の過程)もずっとそうです」

 かつて井上は階級を上げるタイミングについてそう述べていた。今はそれほど無理なくスーパーバンタム級のウェイトが作れているのだとすれば、年末のボール戦は基本的にこれまでとほぼ同様の身体、トレーニングのままで臨むのもいい。

 マイナーチェンジは必要でも、スーパーバンタム級仕様のままでもボールに対抗できるだけの多才さが“モンスター”にはある。そんな方向性は、その先に控えるスーパーバンタム級での中谷戦にプラスに働くのかもしれない。本格的にフェザー級戦線用のトレーニングを確立するのは、スーパーバンタム級ですべてをやりきってからでもいいはずだ。

 もちろんここで述べたのは筆者の個人的な考えであり、井上と陣営はしっかりとした固有の方針を持ってフェザー級転級に挑むに違いない。“スーパーバンタム級→フェザー級→スーパーバンタム級”の旅路はまだ少し先の話だが、これまでとは少し毛色の違う興味はそそられる。

 どんな経緯を辿ることになろうと、年末から来春にかけての動きは井上のキャリア後半における最大のチャレンジとなるのだろう。

[取材・文:杉浦大介]

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