30日に決勝が行われた第97回選抜高校野球大会。智弁和歌山は横浜(神奈川)に4―11で敗れ、31年ぶりの春の頂点を逃した。山田希翔(まれと)主将(3年)はけがでレギュラーを外れたが、走塁コーチや伝令としてナインを鼓舞し、精神的な大黒…

【智弁和歌山-横浜】チームメートに指示を出す智弁和歌山の三塁コーチの山田希翔主将=阪神甲子園球場で2025年3月30日、長澤凜太郎撮影

 30日に決勝が行われた第97回選抜高校野球大会。智弁和歌山は横浜(神奈川)に4―11で敗れ、31年ぶりの春の頂点を逃した。山田希翔(まれと)主将(3年)はけがでレギュラーを外れたが、走塁コーチや伝令としてナインを鼓舞し、精神的な大黒柱として支え続けた。

 決勝はリードを許す苦しい展開。ピンチの場面で伝令に走り、「焦らず、一つずつアウトをとろう。踏ん張ろう」と声をかけた。最後の打者が打ち取られると、三塁コーチの位置から走って列に並んだ。「悔しいの一言。最後まで諦めず、全員で逆転していこうという気持ちだった」

 身長183センチで、50メートル6秒0の俊足。大型遊撃手として守備重視を掲げるチームの要だった。中谷仁監督(45)には「(プロ野球・巨人の)坂本勇人選手みたいなプレーヤーになれ」と期待をかけられた。

 昨夏の甲子園は遊撃手として出場したが、初戦敗退。春夏合わせて計4回全国を制した名門は出場3季連続で1勝もできずに終わった。雪辱を期して臨んだ近畿大会。準々決勝の守備の場面でアクシデントが起きた。センターへ抜けそうな当たりに飛びつくと、一塁に投げることができず、その場でうずくまった。右肩を脱臼。手術後はリハビリに専念することになった。

 「けががあったから成長できたと言えるようになりたい」。気持ちを切り替え、冬場もモチベーションを高く保ち続けた。

 「自分は人に強く言えるタイプではない。できるのはしっかり寄り添うこと」。けがで満足に練習ができない分、監督やコーチの考えを選手に伝えるなど「つなぎ」の役目を果たそうと心がけてきた。中谷監督は1997年夏に智弁和歌山が全国制覇した当時の主将でもある。「監督からは『周囲に流されず、自分の意見を持つ』など多くのことを学んでいる」

 前向きにチームを引っ張る姿に「グラウンドでは自分が先頭に立たないと」と副主将の一人、福元聖矢選手(3年)は刺激を受けた。今大会、遊撃に入る黒川梨大郎選手(2年)は「ゴロを捕球するときの足の使い方を教わった。自分が山田さん以上の選手になる」と決意し、三塁を守る奥雄大選手(3年)も「山田は一球の重みを知っているので、大会に入ってからも厳しい声をかけてくれた。ベンチにいると心強いし、チームがまとまる」と信頼を寄せる。

 自身2度目の甲子園は悔しさの残る結果となったが、チームが勝つために全力を尽くすという自分の役割は果たせた。「大会を通じてチームが同じ方向を向くことができたのは大きかった。夏はもっとレベルアップして日本一を目指したい」と誓った。【藤木俊治】