史上最速でW杯出場を決めた日本代表の面々。(C)Getty Images ワールドカップ優勝――。 この日本代表が公言した究極の目標は、やはりメディアやファンの大きな関心事になった。バーレーン戦やサウジアラビア戦の前後にはアジアのメディアか…

 

史上最速でW杯出場を決めた日本代表の面々。(C)Getty Images

 

 ワールドカップ優勝――。

 この日本代表が公言した究極の目標は、やはりメディアやファンの大きな関心事になった。バーレーン戦やサウジアラビア戦の前後にはアジアのメディアからも注目を浴びたが、今後は本番が近づけば、欧州や南米系のメディアからもリアクションがあるだろう。

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「ワールドカップで一度もベスト8にたどり着いていない日本代表が、優勝を目標に掲げるのは早すぎる」

 そういう声が山ほど出てきそうだ。「リスペクトが足らない」と格差社会の住人に囁かれるかもしれない。たしかに身の丈に合うか合わないかで言えば、合わない。

 だが、それは取るに足らないことだ。客観的に見て目標がふさわしいかどうかは、全く以てどうでもいいこと。

 目標は何のためにあるのか? 誰のためにあるのか?

 目標を設定する理由は主に2つある。強くなる、レベルを上げるといった抽象的なゴールではなく、具体的な目的地を置くことで「モチベーションを高く保つ」、「やるべきことを明確にする」ためだ。

 2022年のカタールワールドカップでPK戦の末にクロアチアに敗れ、日本がベスト16に終わった後、筆者は「日本の目標をベスト4に再設定すべき」と書いた。理由はまさに、上記の2つだ。日本は今までラウンド16のPK戦に2010年と2022年で2度敗れ、ベスト8を逃した。また、ロシア大会はベルギーを相手に2点を先行し、カタール大会もクロアチアを相手に先制している。

 つまり、目標がベスト8のままで「やるべきことを明確に」した場合、その「やるべきこと」とは、5バック等で逃げ切る守備を強化すること、PK戦を上達させること。この2つに集約される。実際、ベスト8はこの2点の改善によって達成できるところまで、日本は来ているのだ。

 だが……次の4年で「やるべきこと」が、たったそれだけ? ワールドカップが2年に1回ならこれくらいの目標でもいいが、4年は長すぎる。成長が鈍化してしまう。

 そして、すぐに選手自身の口から、より高い目標が出てくるようになった。これは目標がベスト8では「モチベーションを高く保つことが難しい」という感覚でもある。目標を修正するべきタイミングが来た証だ。ベスト8を実際に達成したか否かは、この際どうでもいい。それはゴールではなく、通過点の目標なのだから。

 

久保が攻撃の軸になるのは間違いないだろう。(C)Getty Images

 

 目標が変われば「やるべきこと」が変わる。ワールドカップのラウンド16と準々決勝は、試合の質が大きく異なるからだ。

 カタール大会のラウンド16の対戦カードは、オランダ対アメリカ、イングランド対セネガル、アルゼンチン対オーストラリア、フランス対ポーランド、日本対クロアチア、モロッコ対スペイン、ブラジル対韓国、ポルトガル対スイス、以上8試合だった。グループステージの各組1位と2位が対戦するので、力量差のある対戦が多い。(余談だが、日本は1位突破を果たしたにもかかわらず、2位グループの中では最も手強く、その後もベスト4へ勝ち残ったクロアチアとの対戦となり、くじ運の悪さはあった)

 一方、準々決勝のカードに目を移すと、オランダ対アルゼンチン、イングランド対フランス、クロアチア対ブラジル、モロッコ対ポルトガル、以上の4試合だ。2位突破の大半はすでに振り落とされており、強豪国、あるいはその大会のシンボリックなチームしか残っていない。もはや楽なカードは一切なく、実際に観戦した印象でも、試合のレベルはここでグッと上がった。

 この準々決勝を制してベスト4へ進むためには、総合的な本物の強さが必要になる。逃げ切りの守備とPK戦の強化だけでは、圧倒的に足りない。目標がベスト8とベスト4以上では、「やるべきこと」が大きく変わるわけだ。そして、「やるべきこと」が変わった成果は、カタール大会後のテストマッチでW杯出場国を大量得点で破ったり、最終予選をかつてない好成績と内容で突破した、第二次森保ジャパンのパフォーマンスが示している。

 改めて、目標を設定する理由は、モチベーションを高く保つため、やるべきことを明確にするため。この2つだ。周りから納得されるためではない。その意味では妥当な目標修正だった。

 ただし、不安を感じる点がないわけではない。それは「優勝」のワードが強すぎること。キャプテンの遠藤航は「(目標を)ベスト4と言ったほうがいいのか、優勝と言ったほうがいいのか悩んだ」「前回経験した選手たちの雰囲気、悔しさを出している選手の会話を聞いたときに、最終的にワールドカップ優勝を目標にしたほうがいいと感じた」と語っている。

 言ってしまえば、ベスト4ではなく優勝と宣言した理由は、ノリや雰囲気だ。そのほうが「モチベーションを高く保てる」と判断したわけだが、ここは危うい。ノリや雰囲気は良いときは良いが、悪くなったときは何の保証もない。また、悪い時期が来ないチームはない。

 

森保監督の舵取りに注目が集まる。(C)Getty Images

 

 優勝という言葉は強いので、「モチベーションが高まる」のは間違いない。だが、これから先は勝利だけでなく敗北も経験する中で、目標と現実のコントラストに揺れながら「保てる」のか、懸念がある。実際、昨年のアジアカップ敗退後も、チームの中で解決すべきことが外に向けて発信され、少し危うかった。目標との乖離が強まれば、個々に焦りや勇み足が出やすくなるのは当然だ。

 今後、ワールドカップ本番が近づけば一層、「目標は優勝」の件でイジられるだろう。試合に敗れれば「身の程知らず」「現実を教えられた」と逆風にさらされ、嘲笑される。そのとき、外が騒がしいのはどうでもいいが、中まで騒がしくなるのはまずい。

 2010年のスペイン代表と2022年のアルゼンチン代表は、ワールドカップで初戦に敗れたチームが優勝を成し遂げるという、史上2例しかないチームだった。2010年当時、スペインを率いたデル・ボスケ監督は、初戦でスイスに0-1で敗れた後、ミーティングで選手にこう語ったという。

「何も変える必要はない」

 1戦目に敗れると、普通は2戦目で様々なテコ入れをしたくなるもので、当時はスペインはボールを回しているだけ等の批判も多かった。だが、デル・ボスケ監督はあえて落ち着き払って、不変を強調。どのみち、3~4日で変えられることなど、たかが知れている。

 焦らず、揺らがず。このデル・ボスケの態度がチームに自信を取り戻させ、スペインはワールドカップ初優勝に向け、快進撃を始めた。

 手本になる事例だ。今回の日本が宣言した「優勝」という目標設定は概ね良い。「やるべきことが明確になる」メリットは疑いようがないし、モチベーションも上がるからだ。ただし唯一、外を騒がしくする中で、「焦らず揺らがず保てるか」という懸念を除けば。

 これまでの日本代表はいわゆる大口を叩いた後、あまり良い結果が出ない傾向があった。優勝を宣言した2014年のブラジルワールドカップも、昨年のアジアカップもそう。どちらも調子が良かった日本が、コートジボワールやイラクなどの相手に分析され、不測の事態に直面したとき、焦り、揺らぎ、保てなかった。

 「優勝」という目標設定は強い。状況次第で薬にも毒にもなる。最終的に功を奏するか否かは、「保てるか」がポイントだ。日本のデル・ボスケ、森保監督のマネージメントが鍵を握っている。

[文:清水英斗]

 

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