甲子園で、高校球児のプレーとともに注目を集めるのがアルプススタンドの声援だ。今春の選抜高校野球大会では、学ランなどを着た女子生徒の応援団員が目立つ。男子が担ってきたイメージがあった応援団だが、彼女たちの思いとは。「娘の学ラン買うことになる…
甲子園で、高校球児のプレーとともに注目を集めるのがアルプススタンドの声援だ。今春の選抜高校野球大会では、学ランなどを着た女子生徒の応援団員が目立つ。男子が担ってきたイメージがあった応援団だが、彼女たちの思いとは。
「娘の学ラン買うことになるとは」
「それ行け横高!」。24日にあった沖縄尚学との2回戦。横浜のアルプススタンドの応援指導部・前川美彩(みや)さんが声を張り上げると、応援歌が流れ始めた。
応援指導部は、吹奏楽部やチアリーディング、控えの野球部員らを統率する。「平成の怪物」と評された松坂大輔さんを擁して春夏連覇を達成した1998年から、応援スタイルは変わらない。
前回センバツに出場した2019年当時、横浜は男子校だった。アルプス席は学ランを着た男子生徒でいっぱいだった。だが、20年の男女共学化により、応援指導部も女子の入部が認められた。
前川さんは現在3人いる部員の中で唯一の女子。高校受験を控え、20年に入部した初の女子生徒についての新聞記事を目にした。「かっこいいと思って、野球部の応援をしたくなった」と、横浜への進学を決めた。
前川さんは「男子校時代のキツさはあるのかなと思っていました。先輩たちは確かに練習の時は厳しいですが、終わった後はしっかりと良くなかった部分を細かく伝えてくれて、フォローしてくれます」と話す。
「娘の学ランを買うことになるとは」。母のあゆみさんは、前川さんから応援指導部に入りたいと聞いた当時をこう振り返る。
それでも「応援団は激しいというイメージだったので大丈夫かなと思いましたが、娘のやりたいという熱意が大きかったです」。アルプススタンドで堂々と応援をリードする娘の姿を見て「うれしいです」と喜んだ。
応援団に憧れ、チアリーダーから転身した女子生徒もいる。
日本航空石川の沖崎愛生(あい)さんは、学校の男子制服を着て応援をリードする16人の「統制隊」で唯一の女子だ。
昨春のセンバツはチアリーダーとして応援に駆けつけた。その時に制服姿の統制隊を見て「かっこいい」と思った。
応援団の総監督である学校法人日本航空学園の梅沢重雄理事長に「(統制隊の一員に)なりたい」と伝えて発声を披露。「テスト」に合格し、入隊を認められた。
憧れの姿でアルプススタンドに立ち「制服を着ると、応援をまとめる責任を感じる。統制隊の一員として甲子園で応援できたことを誇りに思う」と胸を張った。
24年度は男子ゼロ
常葉大菊川(静岡)の応援団は、約20人全員が女子生徒だ。
22日にあった聖光学院(福島)との1回戦。学ランに紫色のハチマキ、腕には応援団の腕章という「正装」で、アルプススタンドから声援を送った。
常葉大菊川は72年に女子校として創立され、24年度も男子332人に対して女子630人と、女子生徒の比率が高い。
応援団は十数年前は男子生徒が多かったが、徐々に女子が増えた。前回センバツに出場した23年は団員12人のうち男子は1人。24年度はついに男子がゼロになったという。
竹原詩乃さんは「女性が男性と同じことをやるのは華やかさもあって良いなと思いますが、女性が発案した応援もしてみたい。『応援団は男子のイメージ』という偏見がなくなるのならうれしい」と話した。
日本の応援の文化に詳しい鳥取大の瀬戸邦弘准教授(スポーツ人類学)は「実感として、女子の応援団員が増えてきた感覚はある」と話す。
応援団は戦前の旧制学校で、運動部の活動が学校対抗戦など学外で盛んになったのに伴い発展した。当初、運動部の活動は男子が行うものであったため応援団も男性が担ってきた歴史がある。
瀬戸准教授は「昔から応援団に入りたい女性はいたと思うが、門戸が開かれていなかった。近年は時代背景もあり、受け入れる側の意識や環境が変わった」と推測する。
さらに「ジェンダーフリーという考え方を一方的に押しつけるのではなく、あくまで、純粋に応援を頑張りたいという女子生徒たちの思いを尊重することが大切だ」とした上で、「(歴史的に男性が担ってきた)応援団を女性も受け継げるようになったのはすてきなこと。これからの応援団の一つの可能性かもしれない」と話している。【高橋広之、黒詰拓也、林大樹、深野麟之介】