現在6名いる女性騎手のひとり、古川奈穂 photo by Yasuda Kenji古川奈穂 インタビュー後編【コロナ禍でのデビューと初勝利】 中高一貫校を中退し、乗馬経験がほとんどないところから騎手デビューを果たした古川奈穂。5年目のシーズ…


現在6名いる女性騎手のひとり、古川奈穂

 photo by Yasuda Kenji

古川奈穂 インタビュー後編

【コロナ禍でのデビューと初勝利】

 中高一貫校を中退し、乗馬経験がほとんどないところから騎手デビューを果たした古川奈穂。5年目のシーズンを迎えた今、2021年3月の記念すべきプロ初レースを迎えた日の心境を古川はこう振り返る。

「それまでお手伝いでパドックの中に入ることは何回もあったんですが、自分で競馬に参加するとなると最初はすごく緊張しましたし、レースの朝はとても感慨深い気持ちでした」

 コロナ禍で入場者数や歓声が制限された状況でのデビューイヤー。船出の舞台としては寂しさがあったかと思いきや、自らを「緊張するタイプ」と分析する古川にとっては本番の雰囲気に段階的に慣れていけるという恩恵もあった。

 デビュー12戦目(開催3日目)には、のちに重賞を制覇するバスラットレオンに騎乗し、初勝利。現在では考えられないほどの静けさだった阪神競馬場も、ゴール後には大きな拍手に包まれた。

「レース前から『普通に乗っていれば勝てる』と言われるくらい本当に能力のある馬を矢作(芳人)先生に用意していただいて、馬のおかげで勝てたレースでした。自分がミスをしなければ大丈夫だと思っていましたし、レース中も最後の直線に向くまでは馬のリズムも意識できていて、落ち着いていたと思います。ただ、逃げていたのもあって最後は誰も来ないよう願いながら、無我夢中で追っていました」

【ケガを経験しても「恐怖感はない」】

 古川はすばらしい船出をしたが、デビューの翌月、競馬学校時代にも手術した左肩に違和感を覚え、5月に再びメスを入れた。そこから数カ月間休養して10月に復帰すると、コンスタントに勝利を積み重ね、乗鞍も増加。3年目には25勝を挙げ、クイーンステークスで重賞初出走も果たした。

 順調にキャリアを重ねてきた古川だが、2024年6月にはゲート内で馬が暴れ、鼻と両頬を骨折。幸い大事には至らず2カ月ほどで復帰を果たしたが、このように騎手は常にケガと隣り合わせの生活を余儀なくされる。それでも古川は「恐怖感は不思議とないんです」と笑顔で語る。

「確かに『危ない!』と思う瞬間はありますが、ケガをしたことで怖くなったりフラッシュバックしたりというのはないですね。レースではパターンをいくつも考えすぎて、でも結局どれにも当てはまらない展開になってしまうことのほうが悩みです」

 2024年11月で通算50勝にも到達。となれば次は100勝が大きな目標とも考えられるが、古川は「ひとつでも多く勝てるようにと目の前の目標をクリアしていくほうが頑張れるタイプなんです」と、1レース、1レースにフォーカスする姿勢を重視している。目指すのは、幼き日に競馬場で見つめたジョッキーの姿だ。

「馬の邪魔をしない、馬が気持ちよく走れることを追求していきたいです。体格によって追い方は人それぞれ違いが出るのですが、トレーナーさんにいろいろと教えていただきながらフォームも磨いています。私はもともとファンとして見た騎手の姿にあこがれてこの世界に入ったので、自分も馬の上ではかっこよくありたいなと常々思っています」

【「見ている人が納得する競馬」が信条】

 古川が所属するのは、今や「世界のYAHAGI」と名高い矢作厩舎だ。リーディング上位常連の坂井瑠星騎手とともに、名伯楽・矢作芳人調教師のもとで経験を積んでいる。

「矢作先生からはレース前の指示どおりに乗れなかったときや、よくない内容だったレース後にはもちろんお叱りをいただきますが、その後もズルズル怒られるようなことはありません。すごく人情味やメリハリのある方です。だから自分もしっかり切り替えられますし、続けて乗せていただけるのもありがたいです」

 矢作調教師はデビュー前から古川に「見ている人が納得する競馬」を意識づけ、結果が伴わなくとも内容がよければ「今のレースはよかった」と賛辞を送って挑戦と成長を促してきた。そうした指導を受けてきた古川は「信頼される騎手」を理想に掲げている。

「GⅠを勝てるような騎手になるのが今の大きな目標ではありますが、そのためにはまずレースに乗らないといけません。ひとつひとつ勝利を積み重ねて、信頼してもらえるようになるのが一番の近道なのかなと考えています」

 2024年11月には佐賀競馬場で実施された「JBCスプリント」でGⅠ級競走への初騎乗を達成。このレースは自身の初勝利から3年半ぶりとなるバスラットレオンとのタッグ再結成であり、同馬の現役最終レースでもあった。思い出深い一頭と初めて味わった大舞台の経験は、これからの古川の大きな糧となるはずだ。


うれしそうに馬との触れ合いを語る古川

 photo by Yasuda Kenji

【尽きない動物愛】

 藤田菜七子騎手(2024年引退)のデビュー以降、JRAでも少しずつ女性騎手が増加。2025年デビューの谷原柚希騎手で現在は6名を数える。

「女性騎手のなかで一番を目指すわけではありませんが、お互いに切磋琢磨する気持ちも、目の前の目標として負けられない意識もありますね」

 近年は海外から短期免許で参戦する女性騎手の活躍も目立ち、2025年2月には「フェブラリーステークス」を、コスタノヴァに騎乗したレイチェル・キング騎手が制覇。JRAの平地GⅠ競走では史上初となる女性騎手勝利を成し遂げた。間近でその活躍ぶりを感じている古川は、海外騎手ならではの特徴をこう分析する。

「海外では日本よりももっと小さな頃から馬と一緒に生活しているという話もよく聞きますし、馬とのコンタクトの取り方が本当にうまいと感じます」

 馬とのコンタクトやコミュニケーションは、競馬と出会う前から大の動物好きとして育ってきた古川も重視しているポイントだ。厩舎でもできるだけ馬と過ごす時間をつくり、「撫でてほしそうなときにうまく撫でられると、コミュニケーションが取れている感覚がしてうれしい」と、調教以外でもコンタクトは欠かさない。

「犬や熱帯魚を飼っていて、生き物が身近な家だったんです。私も小学校に上がるときにお願いして犬を飼わせてもらいましたし、動物園での触れ合い体験にもよく連れていってもらいました」

 実は「動物の毛が全般的にダメ」というアレルギー体質だったが、着替えを一式用意してでも触れ合い体験に通い続けてきた筋金入りの動物愛の持ち主。今ではアレルギー症状はほとんど収まっており「馬のよだれや汗で時々かゆくなることもありますけど、全然気にしてないです」と笑う。

「馬は感情を耳で表現する動物なので、そこを見て何を思っているのか感じ取るようにしています。時には馬が怒ったりパニックになったりすることもありますが、そこで人間も一緒に感情的にならないよう、常に冷静なコミュニケーションを心がけています」

 キラキラと目を輝かせて馬への、そして動物への愛を語るこの情熱こそ、24歳の若手騎手の一番の武器だ。馬主や調教師だけでなく、見ている人からも、そして馬からも「信頼される騎手」になるため、古川の挑戦は続いていく。

【Profile】
古川奈穂(ふるかわ・なほ)
2000年9月13日生まれ、東京都出身。154cm、44kg。栗東・矢作芳人厩舎所属。小学6年生の時に競馬に惹かれ、高校を中退して競馬学校に入学。ケガのため1年留年するも、37期生として卒業。2021年3月にデビューし、開催3日目で初勝利を飾る。24年11月にはJRA通算50勝を達成した。