報道機関に公開されるセンバツ出場選手のアンケートには、投手の最高球速を記す項目がある。健大高崎(群馬)の背番号1・石垣元気はその欄に自筆で「154」という数字を記している。 3月23日、センバツ2回戦・敦賀気比(福井)戦の試合後、報道陣か…

 報道機関に公開されるセンバツ出場選手のアンケートには、投手の最高球速を記す項目がある。健大高崎(群馬)の背番号1・石垣元気はその欄に自筆で「154」という数字を記している。

 3月23日、センバツ2回戦・敦賀気比(福井)戦の試合後、報道陣から「これまでの最速は何キロですか?」と口頭で確認を求められた石垣は、やはり「154キロです」と答えている。


2回戦の敦賀気比戦に登板し、150キロ台を連発した健大高崎・石垣元気

 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【課題は球速ではなく球質】

 大会前、石垣はさまざまなメディアで「最速158キロ右腕」とセンセーショナルに紹介されてきた。昨秋の秋季関東大会で、石垣は実際に球場のスピードガンで「158」という数字を表示させている。

 しかし、会場となった球場は、かねてよりスピードガンの精度が疑問視されてきた。同球場での球速を最速とカウントしていないドラフト指名選手もいるほどだ。

 筆者も石垣が158キロを計測した日に当該球場で取材していたが、「速すぎるのでは?」という疑念を抱いた。プロスカウトが同日にバックネット裏で計測したスピードガンでは、全体的に5〜6キロほど遅い数字が出たという。

 ただし、コンスタントに150キロ前後のスピードが出ていたのは、まぎれもない事実だ。高校2年生の秋の時点で、それだけのスピードが出たら十分という見方もできる。

 問題はむしろ、石垣を報じる側にある。「最速158キロ」という数字がひとり歩きし、石垣を縛る可能性がある。たとえば春のセンバツで登板した際、150キロ台前半の剛速球を投げたとしても、「158なんて出ないじゃないか」と落胆するファンがいるかもしれない。石垣本人が「158」という数字を追い求め、自分を見失う危険もあるだろう。

 しかし、昨秋の試合終了時点で、石垣は冷静だった。取り囲むメディアの前で、「誤作動だと思います」とはっきり言ってのけた。石垣は自身の技術について饒舌に語るタイプではなく、本能でプレーするタイプのはず。そんな石垣でも、「158キロなんて出ていない」という感覚だったようだ。

 捕球した小堀弘晴は、こんな体感を語っている。

「あれ(158キロ)はちょっと引っかかった球で、力が乗ったボールじゃなかったです」

 そして、「158」という数字が注目されるあまり、石垣の抱える課題が置き去りにされる可能性もあった。昨秋時点で、石垣はスピードガンの数字は出ていても、打者のバットには頻繁に当てられていたのだ。

 石垣の昨秋の公式戦防御率は2.08。石垣より多い投球回を投げた同期左腕の下重賢慎は、防御率0.30である。石垣の課題が「球質」にあるのは明らかだった。

 石垣の1学年先輩で、昨年の春夏にバッテリーを組んだ箱山遥人(トヨタ自動車入社)はこんな見方を示していた。

「(石垣は)言われるほどエグいボールではないですから。上背がそれほどないし、コントロールもまだまだ。本人が自分自身をどう見ているか。考えて取り組まないと、ボールの質は変わらないと感じます」

【甲子園で投じた衝撃の5球】

 今春のセンバツ開幕を5日前に控えた13日、ショッキングなニュースが流れた。石垣が練習中に左脇腹を痛め、センバツでの登板が微妙になったというのだ。

 当初は1〜2カ月の安静が必要と診断されたが、石垣は驚異的な回復を見せる。18日の明徳義塾(高知)との初戦で登板回避した時には「5〜6割」と回復具合を語っていたのが、中4日空けた23日の敦賀気比戦では「ほとんどMAXに近い」と語っている。

 もちろん、大会期間中の選手のコメントだけに、すべて鵜呑みにするわけにはいかない。故障を隠して強行出場し、症状を悪化させた前例はいくつもあるからだ。

 ただし、敦賀気比戦で石垣が投じた5球を目撃した人間は、「ほとんどMAXに近い」という言葉に強い説得力を覚えたのではないか。全球が150キロを超え、石垣が1球投げるたびに球場のどよめきは大きくなっていった。最後はこの日最速タイとなる152キロで詰まらせ、ショートフライ。試合を締めくくっている。

 試合後、報道陣は何度もしつこく体調面の質問を繰り返したが、石垣はそのたびに無垢な笑顔で万全をアピールした。

「トレーナーさんに電気治療をやっていただいて、痛みが1日1日だんだん減っていったので、よくなっていると思います」

「(パフォーマンスのパーセンテージを聞かれて)80くらいです。今日は久しぶりの実戦だったので、まだ抜けている感じはあります」

「(試合後の左脇腹の痛みは)試合が終わっても痛くないです」

 そして、石垣に課題だった「球質」の手応えについて聞くと、嬉々とした表情でこんな答えが返ってきた。

「去年の秋と比べて、真っすぐで前に飛ばせないボールが最近になって増えてきました。質はよくなっていると思います」

 技術的な変化があったのか重ねて聞くと、石垣はニッコリと笑って「特に意識してないです」と答えた。

 捕手の小堀も同様に、石垣の進化を感じ取っている。

「真っすぐの質は彼自身、大きな課題として取り組んだと思います。今年に入って手元でクイッと伸びる球が増えて、フライアウトが多くなっています。ホームベース付近での強さが増したように感じます」

 とてつもないパフォーマンスを見せたからといっても、登板翌日になってダメージがふりかかるケースもある。今後も石垣の回復の経過は、慎重に見守りたいところだ。

 それ以上に、石垣が「158」という数字に踊らされることなく、質にこだわって成果を披露したことに価値がある。

 あらためて石垣に聞いてみた。あの昨秋の「158」という数字は、どう受け止めているのかと。石垣は微笑を浮かべて、こう答えた。

「あれは自分の記憶のなかで消しています。明らかに出てないと思っているので」

 幻の「最速158キロ」とはいえ、いずれ近い将来の通過点になるはずだ。高校球界のスピードキング・石垣元気は、着実に階段を上がっている。