3月18日のセンバツ開会式を終えて、東海大札幌(北海道)の遠藤愛義(なるよし)監督は恩師の門馬敬治監督(創志学園)に電話をかけた。 1984年生まれの遠藤監督は東海大相模での現役時代、そして同校でのコーチ時代も門馬監督に薫陶を受けている。…

 3月18日のセンバツ開会式を終えて、東海大札幌(北海道)の遠藤愛義(なるよし)監督は恩師の門馬敬治監督(創志学園)に電話をかけた。

 1984年生まれの遠藤監督は東海大相模での現役時代、そして同校でのコーチ時代も門馬監督に薫陶を受けている。

 遠藤監督は門馬監督からあるアドバイスを送られたと明かす。

「門馬さんに『ベンチに入ったら、スタンドを一周見渡せ』と言われました。その答えは言われなかったんですけど」

 門馬監督は、自身の恩師である原貢氏から同じ言葉をかけられたそうだ。これで3代にわたって受け継がれたことになる。


東海大札幌・遠藤愛義監督

 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【恩師のアドバイスの真意】

 32チームの出場校のしんがりとして登場した23日、肌寒い冷気の漂うなか、遠藤監督は甲子園球場の三塁側ベンチに入った。門馬監督から言われたとおり、スタンドをぐるりと見渡してみる。第1試合の開場前だけに、まだスタンドには観客がひとりも入っていない。遠藤監督は首をひねった。

「うーん......、何が言いたかったのかな」

 恩師の真意を遠藤監督は測りかねていた。

 遠藤監督は東海大相模、東海大で内野手としてプレーした。いずれも主将を務めている。指導者としては東海大菅生、東海大相模で部長やコーチを歴任。選手からの信望も厚く、教え子には勝俣翔貴(日本製鉄かずさマジック)、森下翔太(阪神)らがいる。2021年春には東海大相模コーチとしてセンバツ優勝を経験した。

 2024年8月に前任の大脇英徳氏のあとを受け、東海大札幌の監督に就任する。その直後、秋季北海道大会で優勝。監督としていきなりセンバツ切符を手に入れた。

 チームのスローガンは「オール・アウト・アタック」。昨秋の明治神宮大会での試合後、遠藤監督は「総攻撃という意味です」と説明した。

「グラウンド、ベンチ、保護者を含めて全員で戦い、全員で攻める。攻撃的にやっていく意味を込めました」

 思わず門馬監督が率いた東海大相模が掲げていた「アグレッシブ・ベースボール」のキャッチフレーズが浮かんだ。遠藤監督は「一瞬『アグレッシブ・ベースボール』を使おうか迷ったんですけど、やっぱり恩師の言葉なので」と苦笑した。

【試合の流れに固執しない】

 日本航空石川とのセンバツ初戦は、息詰まるクロスゲームになった。遠藤監督は「一番状態がいい」とプロ注目左腕の矢吹太寛(たお)を先発で起用。ところが、矢吹は2回裏に5安打を集中されるなど、4回途中までに計5失点を喫する。遠藤監督は「相当に研究されているな」と感じたという。

 打撃面は3回までに5得点と奮闘したものの、守備面は6失策を犯して8回裏までに6失点。8回裏の勝ち越しを許す失点も、捕手の鈴木賢有(けんゆう)が送球を弾くエラーだった。

 5対6とビハインドで迎えた9回表。東海大札幌は先頭の代打・藤根龍之介がレフト前にヒットを放ち、反撃ののろしをあげる。ところが、続く主将の山口聖夏(せな)の送りバントが捕手前に転がり、二塁で封殺される。さらに2番・山田優斗がセンターフライに倒れ、二死に。反撃ムードは潰えたかに見えた。

 この時、ベンチでどんな心境だったのか。のちに遠藤監督に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「もう選手を信じるしかなかったです。祈るというか、もう『打ってくれ』と思って見守っていました」

 昨秋の明治神宮大会で、遠藤監督は興味深いことを話していた。野球の試合はよく「流れ」という要素が取り沙汰されるが、遠藤監督は「流れというものに固執しない」と発言したのだ。

「流れを意識してしまうと、子どもたちもミスをした時に『流れを変えてしまった』と意識してしまうと思うんです。子どもたちのよさを出すためにも、『流れ』のことは考えさせないようにしています」

 土俵際まで立たされても、遠藤監督の目にベンチの雰囲気はポジティブに映っていた。

「このチームは『終盤に強く』と言ってきましたし、いい声を出してベンチワークができていました」

 遠藤監督が重視する声は、「とにかく野球をしゃべること」。守備中も攻撃中も、選手たちがワンプレーごとに自分の考えを発する。遠藤監督は「実況中継するくらいのつもりでしゃべれ」と選手に伝えている。

【9回二死からの大逆転劇】

 二死一塁から3番・太田勝心(まさむね)が四球で出塁すると、勝心の双子の弟である4番・太田勝馬(しょうま)が打席に入った。アウトになった瞬間に試合が終わる瀬戸際でも、勝馬は冷静だった。

「最初は低めの変化球を振ってしまっていたんですけど、ゾーンを上げてしっかり振り抜こうと思っていました」

 2ストライクと追い込まれてから、低めのスライダーを見極める。最後は6球目の126キロのスライダーをとらえ、三遊間を抜いた。二塁から山口が生還し、東海大札幌は同点に追いついた。

 さらに続く5番・鈴木も三遊間を抜き、7対6と逆転に成功する。起死回生の同点打を放った勝馬は言う。

「試合が始まる前は緊張していたんですけど、試合が始まったら『いつもどおりだな』と感じながらプレーできました」

 東海大札幌は試合終盤の戦いにこだわって、練習している。それは「いくら能力が高くても、ゲーム終盤の力がなければ勝てない」という遠藤監督の経験則に基づいている。実戦形式のシートバッティングでは、「終盤3イニング」「最終回を複数セット」など状況を設定して行なってきたという。

 ただし、公式戦には「負けたら終わり」という特有の緊張感がある。それを練習で再現できるものなのか。そんな疑問をぶつけると、遠藤監督はこう答えた。

「選手には常々、本気で練習をやるように言っています。選手たちもそれを理解して、いい声を出して守り、攻めています。そこを徹底できているからこそ、終盤に強いチームになってきていると感じます」

 9回裏の守備は、一度は降板して左翼に回っていた矢吹が再登板。最後は併殺で締めくくった。

 試合が終わった直後、遠藤監督は再び甲子園のスタンドを一周見渡したという。

「門馬さんが言いたかったのは、こういうことだったのかな......」

 遠藤監督の言う「こういうこと」とは、何を指すのか。そう尋ねると、遠藤監督は遠くを見つめながら言葉を絞り出した。

「うーん、まだ言葉ではうまく表現できないんですけど。やっぱり広いなとか、でもグラウンドって変わらないのかなとか、お客さんが入って野球をすると違うなとか......。まだ、わかってないんですけど」

 そして、遠藤監督は意を決したように続けた。

「この東海のユニホームを着て、何回も甲子園に来たら表現できるようになるのかなと。原貢先生の言葉からスタートしているので、自分もつないでいきたいと考えています」

 東海大札幌の次戦は3月25日、浦和実(埼玉)との2回戦が予定されている。

 遠藤監督は甲子園のベンチからどんな景色を見るのだろうか。