西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 第41回 ヴィティーニャ 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。 今回…
西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第41回 ヴィティーニャ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回は、パリ・サンジェルマンとポルトガル代表で活躍するMFヴィティーニャ。現在の世界トップクラスのプレーメーカーの長所を紹介します。
パリ・サンジェルマンとポルトガル代表で活躍するMFヴィティーニャ。世界トップクラスのプレーメーカーだ
photo by Getty Images
【チームを正しい方向へ導くプレーメーカー】
日本代表がバーレーン代表に2-0で勝ち、早々にW杯出場を決めた。バーレーン戦は1ゴール1アシストの久保建英が文句なしのMOMだった。それぞれの試合で貢献度の高い選手はいたわけだが、予選を通じてのMVPが守田英正であるというのは大方のファンに異論はないと思う。
アジアからの出場枠がほぼ倍増の今回の予選で、日本のグループならバーレーン、インドネシア、中国といった従来のレギュレーションならほぼノーチャンスだった国々にも出場の可能性が出てきた。日本と対戦する際、これらの国々は勝つ、引き分けるということより、いかに少なく失点するかを重視した。
それを見越したように、日本はウイングバックにアタッカーを並べる形での最大火力の攻撃で引き籠る相手を粉砕、ロケットスタートを切り、そのまま突っ走った。しかし、多少危うい試合もなかったわけではない。
物事が思ったように運ばず、チームが不安定になりそうな局面はあった。しかし、そのたびに介入して軌道修正を図ったのが守田であり、守田に連動する形で事態を好転させていったのが鎌田大地だった。
プレーメーカーの重要性が再認識された予選だった。守田はとくに派手なプレーをするわけではない。足で何をしたかより、彼の頭脳が問題を解決していった。ひとりの選手の状況を把握する能力、対応策を講じる能力、それを周囲に伝える能力がいかに重要かを示していた。
プレーメーカー、ゲームメーカーと呼ばれる選手は昔からいる。いつからかはよくわからないが、たぶんサッカーが始まった段階からいたのではないか。ときにセンターフォワード(CF)であり、インサイドフォワード、ハーフバックだったのだが、いずれも中央のポジションであり、やや下がり目に位置する傾向がある。ウイングがプレーメーカーという例はあまりなく、フィールドの端ではなく中央にいる選手がその役割を担ってきた。
後方からボールを預かり前方へ供給する、リンクマンと呼ばれた役割。チームに2、3人いるリンクマンのなかでも特定の選手がプレーメーカーと呼ばれたのは、まずその役割においての能力の高さからだ。スペックとしてはキープ力と配球力。さらにゲームを読む力があり、チームを正しい方向へ導くことができる選手である。
【ボールと体をコントロールし、プレスに捕まらない】
サッカーでは、なくなったポジションがある。リベロは今やサッカーではなくバレーボールの用語だ。ウイングも1980~90年代に一度消滅しかかった。プレーメーカーも絶滅危惧種である。
特定の選手にボールを集めるやり方は1970年代までは当たり前だったが、70年代終わりごろにリバプールが登場して、選手の特徴や役割ではなく、フィールドを単純に右、左、中央右、中央左と機械的に区分けしたあたりから、ポジションは文字通り場所を表す記号になっていった。職人のパッチワークから、区分けされたエリアで同等に攻守を担当する形態へ変化していった。ただし、プレーメーカーの能力を持った選手がいなくなったわけではないので、自然とそれなりの実権は握っている。
パリ・サンジェルマンとポルトガル代表のMFヴィティーニャは現代のプレーメーカーだ。トニ・クロースが引退した今、最も影響力を行使している司令塔かもしれない。
ポルトでデビュー、2022-23シーズンからパリSGでプレーしている25歳。身長は172センチと小柄だが、歴代の名プレーメーカーも多くは小柄だった。
ヴィティーニャの強みは何と言ってもファーストタッチだろう。一発でピタリとボールを止められる。同時に体も止められる。これはプレーメーカー、あるいはいい選手の基本条件なのだが、ヴィティーニャのレベルで実行できている選手はそう多くはない。主に中盤の後方にいてDFからのボールを預かる。その際、相手のプレスに捕まらないのは特筆すべき長所だ。
襲い掛かる相手をいとも簡単にいなす。ボールと体をコントロールしているので、相手が勢いよく寄せてくればくるほど簡単に逆をとれるのだ。ボールが集約されるヴィティーニャにプレスがかからないのは、パリSGに対してプレスが無効であるのとほぼイコールになるわけで、この効果はかなり大きい。
おかげでパリSGは、相手のプレスを受けて苦し紛れにロングボールで逃げるということが比較的少ない。ロングボールを蹴らないので前線にターゲットマンを置く必要がなく、ウスマン・デンベレ、フビチャ・クバラツヘリア、ブラッドリー・バルコラのウイング3人を前線に配置することが可能になっている。ヴィティーニャの存在がチーム全体の編成に関わっているわけだ。
【後方で活路を拓き、守備もやる】
パリSGでのデビュー戦となったナント戦で、ヴィティーニャは43本のパスをすべて通し、パス成功率100%というスタッツだった。この試合だけでなく、パスミスは非常に少ない。いったん触れたボールを失うことも少ない。キープ力、配球力が抜群。
カテゴライズすればディープ・ライング・プレーメーカー。アンドレア・ピルロが代表的だが、中盤の底に守備型の選手しか配置してこなかった時期が長すぎたので、ピルロの起用が新機軸と言われたのだが、もともとプレーメーカーは深い位置からプレーするものだった。
守備型MFが中央に配置されていたのは、そこが守備の重要地域だから。ボールアーティストを置く余裕はなく、プレーメーカーの居場所が消滅しそうな時期は確かにあったわけだ。ピルロや、それ以前のジョゼップ・グアルディオラ、フェルナンド・レドンドなどが深い位置にプレーメーカーを置く有効性を証明したことでプレーメーカーが復権していった経緯がある。
ポルトガルはエウゼビオ、クリスティアーノ・ロナウドの破格のゴールゲッターを輩出した国だが、意外と名CFは少なく、ウイングとセンターバック、MFに関しては切れ目なくハイレベルの人材を生み出している。現在もMFにはベルナルド・シウバ、ブルーノ・フェルナンデスがいて、ヴィティーニャは先輩ジョアン・モウチーニョの正統後継者だ。
テクニックと頭脳で勝負のヴィティーニャだが守備力もある。古典的なプレーメーカーだが、それだけではないところが現代サッカーで生き抜けるポイントかもしれない。
芯を食った右足のミドルシュートを持ち、ドリブルもうまい。攻撃的MFでも十分やれる。ヴィティーニャは「小さなジダン」だが、ジダンのサイズがないのでポジションが後方になっているのだと思う。相手とコンタクトしない俊敏さとスキルがあるとはいえ、ポジションが前になるほどマークされコンタクトも避けられなくなるからだ。ピルロも同じ理由でポジションを下げた。下がった以上は守備もできなければならない。
日本は技術に優れて俊敏な攻撃的MFを多数輩出する土壌があるが、そのまま世界トップで活躍するのは難しい。体格の不利があるからだが、ヴィティーニャのように後方で活路を拓ける可能性はある。そこでポイントになるのは守備力だ。そこさえクリアできれば、日本人プレーメーカーが欧州で一気に増加するのではないかと思う。
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