東海大・駅伝戦記 第6回

 昨年は東海大に「スーパールーキー旋風」が吹き荒れた。

 3大駅伝の初戦、出雲駅伝では鬼塚翔太、關颯人(せき・はやと)、館澤亨次の1年生トリオが驚異的な走りを見せ、3位に入賞した。全日本大学駅伝は7位、箱根駅伝は10位と順位こそ振るわなかったが、ルーキーたちの熱い走りは全国の陸上ファンの胸を打った。

 今シーズンも東海大学には、優秀な1年生が入ってきている。両角速(もろずみ・はやし)監督も大いに期待していて、今夏、行なわれた白樺湖の3次選抜合宿には上村亮太、塩澤稀夕(しおざわ・きせき)、名取燎太(なとり・りょうた)、西田壮志(にしだ・たけし)の4名の1年生が参加していた。その合宿で上級生に負けない走りを見せていたのが、塩澤と名取だ。高校時代はお互いを意識し、ライバル心をむき出しにしていたが今、同じ大学で駅伝を走るチームメイトになった。
 
「今年はスタートから故障で躓(つまず)いてしまいました」

 そう苦笑したのは、名取だ。

 名取は駅伝の名門・佐久長聖高校から入学してきた。5000mで13分52秒61のタイムを持ち、「駅伝に強いタイプ」と両角監督が期待するひとりである。しかし、3月の入寮時期に足の甲を疲労骨折し、春のトラックシーズンをほぼ棒に振ってしまった。

「最初の頃はケガのことをそんなに重く考えていなくて、走れないけど今はいいかなって感じで過ごしていたんです。でも、3か月ぐらい経過した時、いい加減に治さないと夏に走れなくなると思って……。ようやく走れるようになったのが6月末。4カ月間も休んだのは初めてだったので、さすがに焦りが出てきました」

 今シーズンの初戦はホクレンディスタンスチャレンジ北見大会(5000m)だった。走り始めて2週間後のレースでタイムは14分44秒35だった。

「これ、ヤバいなって思いました。自分としては14分を切りたかったんですけど、そんなに甘くなかったです。3000mぐらいまではよかったんですけど、残り2000mで足が動かなくなって、1km3分ぐらいで走るので精いっぱい。足ができていないし、全然レースに対応できるような状態じゃない。ブランクの長さを感じました」

 夏合宿の初日にはいきなり30kmを走った。高校時代には経験のない距離だが、長距離に対する不安はなかったのだろうか。

「最初、走った時は死ぬかと思いました(苦笑)。最終日には32kmの距離走があったんですけど、その時は1回目ほどきつくなかったです。次の菅平合宿では3日おきぐらいに30kmの距離走が入っていたんですが、最初、こんなにバンバン30kmを走ったら故障するんじゃないかなって思っていたんです。でも、走ってみると意外と大丈夫で。だんだん長距離に慣れてきたのか、今は苦にならなくなりました」

 3次白樺湖合宿のポイント練習では先輩たちに遅れることなくついていき、両角監督から「いいぞ」と声をかけられた。徐々に心肺機能をはじめ走る機能が戻りつつあり、自分なりの手応えも感じた。また、合宿中は他の選手からいい刺激を受け、東海大の選手の意識の高さを改めて感じることができたという。

「高校の時は監督に言われた練習をまずしっかりやる。練習の意味も一応考えてやっていました。でも、ここ(大学)はさらに自分で必要なことを考えて、積極的に走る距離を増やしたり、追加練習をしている人が多いです。今回の合宿でも春日(千速/ちはや)さん、川端(千都/かずと)さん、松尾(淳之介)さんはめっちゃ走っていましたから。チーム全体としても、もっとやろうという雰囲気がありますし、高校の時とは全然意識が違うなって思いました」

 先輩たちのそういう姿勢は後輩に受け継がれていくが、名取はその流れに必ずしも乗らない。追加練習もまだそこまで体が追いついていないと慎重であるし、ウエイトトレーニングも今はまだ必要がないという。自分の体や状態を客観視した上で必要なものをその時々に応じて取捨選択していく姿勢だ。

「そうですね。基本的に人に言われることは、本当に大切なこと以外はそのまま聞き流しているというか(笑)、自分に必要なことしか受け入れないタイプです。全体練習以外は自分で判断しているので、追加練習やウエイトも今はいいかなって思っています。まずは”走り”で頑張って、学年が上がってからやろうと。逆に体が硬いのでストレッチは多めにやっています」

 自分のことについて、きちんと整理できているのだろう。同時に言葉からは意志の強さと頑固さが伝わってくるが、本人いわく普段は優柔不断なのだという。

「たとえばコンビニとかで昼飯を選んでって言われたら『やべ、どれにしよう』って悩んで一番最後にレジに並ぶタイプです。走ること以外はなかなか決められない(苦笑)。趣味ですか? 走ること以外、特にないですね。休日は寝ているか、映画を見に行くぐらい。特に気分転換とか求めていないですし、積極的に遊びにいこうってタイプじゃないです」

 東海大に入ってきた目的からすれば、日々走ることに集中するのは当たり前であるし、ましてや1年生から箱根を走ろうと考えれば、オフの日もあえて”走り”の現実から離れる必要がないのだろう。

 秋からはいよいよ駅伝シーズンが始まる。昨年は1年生のスーパールーキーたちが活躍したが、名取はどの大会を目標にしているのだろうか。

「一番は箱根駅伝ですね。箱根で5区6区以外、できれば往路を走りたいです。昨年も鬼塚さん、関さん、館澤さんと1年生が往路で3人走っていますし、そこを目指していかないとここ(東海大)に入ってきた意味がないんで」

 口調に熱がこもる。そのメンバーに入るために必要なものとは、いったい何だろうか。

「まず、スピード、タフさ、そして精神力ですね。スピードはタイム的な目安でいうと5000mであれば13分台、1万mであれば28分台で走ること。5000mは今年まだ一度も13分台で走れていないですし、今後、自己ベストを更新できるかどうかがですね。そこをひとつの目安にしています。

 タフさとは粘りですね。自分はスピードよりも持久系の方が得意なんですが、最後までしっかり粘って走れるようにならないとメンバーには入れない。精神力は、それになり強いというか、あります(笑)。いつもわが道を行く感じなので」

 表情はまだあどけないが、昨年活躍した1年生同様、何事にも動じない、どっしり構えた”大物”の雰囲気を醸し出している。箱根では、きっと上級生のような落ち着いた走りで「名取はすごい」と周囲をうならせてくれるだろう。

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東海大陸上部、期待の新人のひとり、塩澤稀夕

 白樺湖3次合宿では日本インカレ出場組(1500m)として館澤亨次(2年)、木村理来(りく/2年)とともに調整していた塩澤稀夕。長身を生かしたダイナミックな走りで、今後の活躍が楽しみな逸材だ。

 1500m組の館澤、木村と仲がいいようでポイント練習が終わった夜、低酸素テントが張ってある大部屋に行くと、そのテントの中で木村と一緒に寝転んでリラックスしていた。居心地がよいとのことだが、先輩ふたりから学ぶことも多いようだ。

「館澤さんと木村さんとは関東インカレからずっと一緒で、普段の生活はワイワイ楽しくやれています。練習では引っ張ってくれますし、1回の練習でキレッキレのラストスパートを出しているのがすごい。体も仕上がっていますよね。自分は筋力が弱く、それが故障の原因にもなっていましたし、ふたりを見ていて筋力が必要だなって思って、関東インカレが終わってからウエイトをやり始めました。ハムストリングとお尻を中心にやったんですが、8月の東海大記録会で1500mの自己ベストを3秒更新(3分44秒63)できたので、ウエイトの効果を感じています」

 3人を見ているとまるで兄弟のようだが、その様子からは東海大の特徴である学年関係なく言い合える風通しのよい環境が見えてくる。塩澤もそうした雰囲気を感じて入学を決めたという。

「高校(伊賀白鳳)の時は寮生活ではなかったので、寮に入るなら楽しいところがいいなって思っていました。それがここに来る決め手のひとつになりましたね。実際、楽しく生活できていますし、練習以外はリラックスできているので、すごくいいですね。練習は、たとえばポイント練習は高校時代、自分が一番速いので余裕を持ってこなせていたんですけど、大学では練習の質が高く、自分よりも速い先輩ばかりなので、しっかり準備していかないとすぐに離れてしまう。結構いっぱいいっぱいで練習しています」

 ポイント練習前には、ルーティンがあるという。練習前日はしっかりとストレッチをして、練習当日はパワーテープを貼ってエナジードリンクを飲む。

「やれることは何でもやって気合いを入れていきます」
 

 上半期は1500mに集中した。5月の東海大長距離記録会で自己ベストを出し、関東インカレでは3分48秒78で走り、5位に入賞した。その後、左大腿部を疲労骨折し、戦列を離れたが、7月下旬のレースで復帰。夏合宿は日本インカレのための調整を兼ねたものになった。将来的にはトラックをメインで走ることを考えているという。

「今は『トラック』と言っていますが、マラソンもやってみたいなって思います。ただ、大学からマラソンをやるのは故障のリスクが大きいですし、難しいかなと思うので大学と実業団の数年はトラックをやり、世界陸上とかオリンピックを目指していきたいです。その挑戦がひと通り終わったら、マラソンにチャレンジしたいなって考えています」

 これからいよいよ駅伝シーズンに入る。昨年多くの1年生が駅伝を走ったからといって、今年の1年生がその椅子を与えてもらえるわけではない。むしろ今年は選手層が厚いので、駅伝のメンバーの椅子を巡って昨年以上の激しいサバイバル競争が起こっている。

 塩澤はメンバーに入る条件をどう考えているのだろうか。

「まず、走力が一番大事ですし、チームからの信頼を得ること。普段の生活で適当なことをしていたり、練習で毎回離れているのに試合の時だけ走るというのではメンバーには入れないので、普段から周囲の目を意識して信頼を得られる行動をとることですね。

 あとは、自分の意志だと思います。東海大は選手層が厚いので、『走りたいな』という気持ちでは絶対に走れない。『自分が走るんだ』っていう強い気持ちを持ちつつ、常に駅伝を走れるラインにい続けることが大事だと思います」

 上半期や夏合宿の活動を見ていると、ほとんど長距離を走っていない。3大駅伝の中ではどの大会を狙っているのだろうか。

「距離が短い出雲と全日本は自分の持ち味を出せると思うので、そこはしっかりと狙っていきたいですね。箱根はここまで1500mをメインでやってきていましたし、夏に30km走など距離をしっかり踏んでいないと難しいと思うので、特に意識はしていません。1年目は箱根にこだわらず、出雲と全日本と自分が走れるところでしっかり結果を出していきたいと思っています。まずは出雲に向けてメンバーを決める日体大記録会(※)にピークを合わせていきたいですね」
※9月23日に行なわれ、塩澤は5000mを13分57秒03の自己新を記録

 ピーキングは選手にとって大きな課題だ。

 重要な大会に合わせてコンディションを整え、力を発揮できるようにするのは簡単なことではない。塩澤はどのようにピーキングをしているのだろうか。

「自分はそこにピークを合わせようと、あれこれ考えたりしないです。監督に言われたことをしっかりやっていきつつ、いつもの練習を普通にやっていくと自然と安定した走りができて結果が出るんです。基本的に自分は高校の時から大きな大会を外さないというか大崩れしないタイプ。出場した試合は入賞しているか、自己ベストに近いタイムでいつも走れていました」
 
 高校時代は、抜群の安定感で監督からの信頼も厚かったという。

「安定して走れることは、大事なことだと高校時代、監督からずっと言われていました。高校時代は練習以上に、挨拶をする、服をきちんとたたむなど生活面、人間性が大事だという指導だったんですが、それは大学も同じで大事だなって思っています。たまに疲れて服とかを適当に置いてしまうことがあるんですが、これでタイムが1秒落ちたら嫌だなって思ってすぐにたたみます(笑)」

 会話はテンポがよく、言葉からはポジティブな姿勢が見て取れる。

「そうですね。性格は明るく、うるさいタイプです。でも、人見知りが激しいので、それが嫌ですね。あと人前に出ると緊張で顔が赤くなるので、それも嫌です。趣味ですか? 特にないですね。でも、定番の映画は見に行きます。フリーの日はやることがないんで、何かするっていうと映画で『君の膵臓をたべたい』とか見に行きました。あと、サッカーが好きです。陸上をやっていなかったらサッカーをやりたいなって思っていたので、今もよく見ますし、できるようになりたいなって」

 この走力を生かしてサッカーをしていたら、ひょっとするとJリーグで活躍する選手になっていたのでは、と話しかけると「それは無理ですね」と苦笑したが、東海大では安定した走りで計算できる選手として、チームの大きな武器になるだろう。

「駅伝では自分の走りで勝てるようにしたいですし、勝ちたいですね。自分は”外さない”タイプで安定した走りはできますが、チームを優勝させるところまではもっていけていないんです。安定プラス、その上を目指してやっていきたい。まだ、ラストスパートも弱いので、もうひと踏ん張りして”勝つ”レースができればと思っています」

 駅伝では何が起こるかわからないが、こいつらには任せられる……塩澤と名取は、周囲にそう思わせるだけの力と雰囲気を持っている。

 出雲駅伝では塩澤が、箱根駅伝では名取が初優勝に導く走りを見せるのでは……。そんな期待が膨らむルーキーである。