世界経済をリードするアメリカのインフレが止まらない。日本も含めた地球規模の悪影響が懸念される中、蹴球放浪家・後藤健生の脳内では、「2つのワールドカップとインフレの記憶」が呼び起された。■日常の買い物でも「数百万」「数千万」 昔(昭和の時代…

 世界経済をリードするアメリカのインフレが止まらない。日本も含めた地球規模の悪影響が懸念される中、蹴球放浪家・後藤健生の脳内では、「2つのワールドカップとインフレの記憶」が呼び起された。

■日常の買い物でも「数百万」「数千万」

 昔(昭和の時代)、「100円」のことを「100万円」という言い方をよくしたものです。お釣りを渡すときに飲み屋のオヤジが(飲み屋でなくても、青果店でも、乾物屋でもいいのですが……)「へいっ、100万円!」と言うわけです。あるいは、「100万両!」という言い方もありました。

 大きな数字で言うことによって、景気づけをするわけです。

「1両」というのは、現在の貨幣価値に換算すると「数万円」程度ですから「100万両」というのは数百万円。「100万円」よりもずっと大きな金額です。

 1978年のワールドカップ観戦でアルゼンチンに行ったときに、同じようなことを経験しました。

 アルゼンチンという国は、20世紀前半には農業や牧畜業によって経済的に栄えていました。第1次世界大戦でヨーロッパが大きな被害を受ける中で、小麦や牛肉など食料や工業製品をヨーロッパに輸出していたのです。

 南米では圧倒的な経済力を誇り、首都のブエノスアイレスには高層ビルが建ち並び、「南米のパリ」と呼ばれるようになります。その後も、1960年代までは1人当たりのGDPでは日本より上だったそうです。

 しかし、無理な工業化を進めたことや、フアン・ペロン大統領とその支持者たちによる左派ポピュリズム政権によるばら撒き政策で財政規律が失われたことで、経済は苦境に陥り、何度もインフレーションに見舞われます。

 激しいインフレによって物価が上がり、日常の買い物でも「数百万」、「数千万」という単位の金額をやり取りすることになってしまいます。

■バス運賃が「3万8000ペソ」

 そこで、政府はインフレの抑制を狙ってデノミ(デノミネーション)を行います。

 厳密に言うと難しいのですが、一般的に「デノミ」というと通貨の切り下げのことを言います。

 たとえば、通貨を1000分の1切り下げると、それまでの「100万」が「1000」になるわけです。

 1970年1月にアルゼンチンでは100分の1のデノミが行われました。つまり、「0」を2つ取ることになったのです。

 しかし、当時のアルゼンチンの庶民たちは(昭和の飲み屋のオヤジと同じように)大きな(つまり、デノミ前の)数字を使うことがあったのです。

 ですから、バスに乗って運転手に運賃を聞くと(当時は、運転手が運転しながら切符を売っていた)、「380ペソ」のことを「3万8000ペソ」と言われて、何も知らない人はビックリしてしまうわけです。僕は幸い、事前にそういうことがあると聞いていたので平気でしたが……。

 なお、アルゼンチン経済はその後も停滞を続け、3度もデノミを行っています。1983年と1992年のデノミでは、それまでの通貨が1万分の1に切り下げられ、通貨の単位もペソからアウスロラル、そしてまたペソに変わりました。1ペソ=1米ドルに固定されていた時期もありました。

■ドイツでは「パン1個」1兆マルク

 極端なインフレのことをハイパー・インフレーションと呼んでいます。

 有名なのは、第1次世界大戦直後のドイツです。フランスなどの戦勝国がドイツに対して巨額の賠償を求めてドイツ経済は破綻。急激なインフレーションによってパンが1個で1兆マルクといった事態になり、「100兆マルク」といった高額面紙幣も印刷されたそうです。

 第2次世界大戦直後のハンガリーでも、ハイパー・インフレーションが起こり、このときには「1垓ペンゲー」という紙幣が現われたそうで、これが人類史上最高額面紙幣だそうです(「垓」は万、億、兆、京の次の単位で、1垓は「1」の後に「0」が20個並びます)。
 ハイパー・インフレーションとして、第1次大戦直後のドイツと並んで有名なのが、アフリカ南部のジンバブエです。

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