優勝候補の一角・東洋大姫路を相手に5番・山口が初回に先制2点タイムリー ちょっとした“奇跡”と言っていいだろう。第97回選抜高校野球大会は20日、人口約2万4000人の離島にあり、21世紀枠で選出された壱岐(長崎)が…
優勝候補の一角・東洋大姫路を相手に5番・山口が初回に先制2点タイムリー
ちょっとした“奇跡”と言っていいだろう。第97回選抜高校野球大会は20日、人口約2万4000人の離島にあり、21世紀枠で選出された壱岐(長崎)が、1回戦で優勝候補の一角・東洋大姫路(兵庫)と対戦。初回にいきなり2点を先制し、4万人の観客を飲み込んだスタンドを沸かせたが、じわじわと実力差を見せつけられ、結局2-7で逆転負けを喫した。
相手の先発は、プロも注目する最速147キロ右腕・阪下漣投手(3年)だった。初回先頭から8球連続ボール(2四球)で塁上を賑わせ、送りバントも決めて1死二、三塁のチャンス。4番の小西桜ノ介外野手(3年)は空振り三振に倒れたが、左打者の5番・山口廉人内野手(3年)が外角低めのカットボールを巧みに捉え、しぶとく一、二塁間を破って先制2点タイムリーとなった。
相手の阪下が右肘の張りを抱えていた事情もあったが、壱岐が先制できた理由は、それだけではない。木下直人野球部長は「今月7日の組み合わせ抽選会で、相手が東洋大姫路と決まってから、マシンの球速を150キロくらいに上げ、選手が打撃投手を務める場合は通常より2~3メートル前から投げさせて、阪下投手に対応できるように練習してきました」と明かす。
壱岐ナインが普段置かれている環境は、実に厳しい。現在の部員(2、3年生)の数は25人だが、うち4人は女子マネジャーで、実際にプレーできる男子は21人しかいない。全員が壱岐島で生まれ育った。室内練習場はなく、「雨の日は、学校にセミナーハウスという雨をしのげる場所があるので、バドミントンの羽根を打つ練習とか、やれることをやります。ただ、そこも他の部活動との共用で、自由に使えるわけではありません」(前出の木下部長)。
壱岐島内にある高校は、壱岐と壱岐商の2つだが、壱岐商の野球部は9人そろわないのが現状。つまり、壱岐島内に練習試合を行える相手は皆無。そもそも壱岐のグラウンド自体、レフトまでの距離が60メートル程度しかなく、公式戦と同じスケールのグラウンドはない。
坂本監督「甲子園でもっと戦えるチームに成長できる」
そこで、冬場以外の土・日は1か月に2、3回、泊まりがけで“本土”へ渡り練習試合を行う。しかし、フェリーで壱岐島から最も近い佐賀・唐津東港まで約1時間40分、福岡・博多港までは約2時間半かかり、さらにそこからの移動となる。遠征費は1人につき1回約1万2000~1万3000円かかり、各家庭が負担している。「親御さんたちの負担は、かなり大きいものがあります」と木下部長は頭を下げる。
21世紀枠のルールに導かれて初の甲子園出場を果たした壱岐は、島民から「100年に1度の奇跡」と言われているそうだが、今年のチームは実力も例年になく高い。昨秋の長崎県大会で準優勝し、初の九州大会進出を果たすと、1回戦で専大熊本に6-3と勝利しベスト8入り。実力での選抜出場確定まで、あと一歩に迫っていたのだ。
坂本徹監督は試合後、「最後までしっかり粘ることができたと思います」と選手たちを称え、「僕も楽しかったです」と笑みを浮かべた。「離島の限られた条件の下でも、もっとやれることがある。自分たちが今後やらなければいけないことを整理し、力を伸ばしていければ、甲子園に戻って来られるし、甲子園でもっと戦えるチームに成長できるとも思いました」と前を向き、「特に攻撃面を強化したい」と力を込めた。
壱岐が今年の夏に長崎大会を勝ち抜き、甲子園に戻ってくることは、もはや決して夢物語ではない。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)