第97回選抜高校野球大会に創部3年で初出場するエナジックスポーツ(沖縄)の比嘉陽翔(はると)選手(3年)は、父優二さん(40)も23年前の夏の甲子園に出場し、親子2代で「聖地」に立つ。2人は現在エナジックスポーツを率いる神谷嘉宗監督…

甲子園に出場した父に続いて神谷嘉宗監督の指導を受けるエナジックスポーツの比嘉陽翔選手=沖縄県名護市で2025年1月11日、池田真由香撮影

 第97回選抜高校野球大会に創部3年で初出場するエナジックスポーツ(沖縄)の比嘉陽翔(はると)選手(3年)は、父優二さん(40)も23年前の夏の甲子園に出場し、親子2代で「聖地」に立つ。2人は現在エナジックスポーツを率いる神谷嘉宗監督(69)の教え子。21日の至学館(愛知)との初戦へ「ノーサイン野球」に磨きをかける現役の球児たちに、父は期待を寄せる。

 神谷監督は沖縄の公立校で長年指導し、中部商の後に着任した浦添商で2008年夏の甲子園に出場して4強入り。14年のセンバツでは美里工を春夏通じて初の甲子園へ導いた。21年開校のエナジックスポーツでは翌22年の創部時から監督を務める。

 優二さんは中部商時代、神谷監督に指導を受け、続いて就任した上原忠監督のもとで02年夏の甲子園に出場。初戦で帝京(東東京)に8―11で敗れたが、捕手として堂々のプレーを見せた。

 それから約20年。中学時代、陽翔選手が所属していたチームの試合を神谷監督が観戦したのをきっかけに、優二さんは神谷監督に久しぶりに再会した。エナジックスポーツは野球部員を1学年20人程度に絞り、沖縄県内出身者をスカウトするのを基本にしていた。

 当時、愛媛県や福井県の学校などからも声が掛かっていた陽翔選手。エナジックスポーツの1期生が出場した大会を見に行くと、監督の指示に頼らない「ノーサイン野球」で選手の自主性を尊重するスタイルに「新しい野球ができる」とひかれた。優二さんから「神谷先生は厳しいけれど、とても野球が好きで行動力がある」と聞いたのも、進学の決め手になった。

 優二さんが記憶する中部商時代の神谷監督の指導は「休みがなく、練習量も多かった」といい、今とは大違いという。それでもエナジックスポーツの試合ぶりに「見ていて楽しい野球をしてくれる。ノーサインでのびのびとしている」と感じ、我が子を託した。

 陽翔選手は控えの捕手だが、神谷監督は「チーム一の努力家」と評価。神田大輝副部長(28)も「自主練習を欠かさない」と太鼓判を押す。打撃も自ら試行錯誤。年明けには右打ちから左打ちに変える練習に取り組んでいて「人と違うことをしてアピールしたい」との思いも明かす。

 陽翔選手にとって同じポジションでプレーした父は幼い頃から良き相談相手。今でもプレーの動画を送り、優二さんから具体的なアドバイスももらっているという。

 初戦の至学館はチームにとって対戦経験がなく未知数。優二さんは「甲子園はやっぱりいい場所」と語り、「試合に出て活躍しているのも見たい。全力で頑張れ」と我が子にエールを送る。寮生活でしばらく会えていない祖父母にも思いをはせる陽翔選手は「プレーしている姿を見せたい」と意気込む。【池田真由香】