吉成名高インタビュー・中編(全3回)ムエタイ界の至宝・吉成名高がONE初参戦 © Yuko YASUKAWA/集英社 子どもの頃、タイでムエタイに出会い、タイ人以外では史上初のラジャダムナンスタジアム3階級制覇を果たした吉成名高。彼の戦いぶ…

吉成名高インタビュー・中編(全3回)



ムエタイ界の至宝・吉成名高がONE初参戦 © Yuko YASUKAWA/集英社

 子どもの頃、タイでムエタイに出会い、タイ人以外では史上初のラジャダムナンスタジアム3階級制覇を果たした吉成名高。彼の戦いぶりは、伝統的なムエタイの枠を超え、ボクシングの要素も取り入れた独自のスタイルを築き上げている。
 近年、ムエタイはよりアグレッシブな戦いへと進化しつつある。ONEでは、オープンフィンガーグローブ(OFG)が採用され、従来のムエタイとは異なるルールで戦うことになる。吉成はこの新時代のムエタイにどう適応し、どのように自身のスタイルを昇華させていくのか。ムエタイの変化と本質、そして吉成が考える"ムエタイの未来"について語る。

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【ボクシングの経験をムエタイに活かす】

――吉成選手のファイトスタイルは、従来のムエタイのイメージとは異なって見えます。時にはトップボクサーのようなパンチやステップも見られますが、どのようにムエタイに落とし込んでいるのでしょうか?

「いま自分がやっているのはムエタイで、ベースは間違いなくムエタイです。ですが、それだけに囚われるのはもったいないとも思っていて、ボクシングの練習をしたり、色々と試行錯誤しながら、自分のスタイルを作り上げてきました」

――具体的にはどのようなトレーニングをしていますか?

「ボクシングの練習は、週に一度、赤穂さん(赤穂亮:元OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者/元日本バンタム級王者)に指導してもらっています。世界レベルのボクサーの方とスパーリングをする機会もあるので、そこで多くの事を学んでいます。実際に攻撃を受けて『あぁ、このタイミングでパンチを打つんだ』と気づくこともあります。『これはムエタイでも使えるな』『これはムエタイだと攻撃を貰うから危ないな』と技術の取捨選択をして、ボクシングの経験をどうムエタイに活かすかを考えています」

――プロボクサーとのスパーリングは、どの階級の選手とされていますか?

「フライ級やバンタム級の選手とやることが多いです」

――ボクシングのバンタム級(53.524kgリミット)の選手となると、ナチュラルウェイトでは吉成選手よりかなり重い相手になるのでは?

「そうですね。ボクシングにはクリンチがありますが、ムエタイには首相撲があるので、組む力には自信があります。その技術を活かして、なんとかうまく対応しました(笑)」

――クリンチなどで組んだ際の組む力は、ムエタイ選手ならではのものでしょうからね。

「ムエタイでは、組んでからの首相撲や相手を崩す攻防があります。その点では、日本人選手やキックボクサーには絶対に負けない自信があります」

――ムエタイの試合で、組んでから相手を崩したり倒したりする展開は、ポイントにどう影響するのでしょうか?

「もちろん打撃によるダメージの方がポイントに繋がります。ただ、体さばきのうまさやバランスの良さ、立ち振る舞いの美しさも純ムエタイでは評価されます。そういう意味では、崩したり、倒したりする技術も大事ですね。それと、相手のスタミナを削る効果も大きいので、試合を優位に進める上でも有効な技術だと思います」

――吉成選手がよく見せる、ミドルをキャッチして軸足を払う技術もそのひとつ?

「はい。相手は立ち上がるのにスタミナを使いますし、相手のリズムを崩せるので、試合のペースを掴みやすくなります」

【ムエタイの伝統と変化の狭間】

――吉成選手が小学生の頃にタイで見て魅了されたムエタイと、現在のムエタイではルールやファイトスタイルが変わりつつありますよね。

「そうですね。ONEのムエタイでは、よりアグレッシブな戦い方が求められるようになって、選手が序盤から積極的に攻めるスタイルが主流です」

――伝統的なムエタイでは、5ラウンド制の中で1ラウンド目はまだ「賭け」が成立するので、選手はお互い様子を見るとか、ポイント差が大きく開いた場合は、5ラウンド目を流すといった暗黙の了解がありました。こうしたムエタイ独自の文化が変化しつつあることについては、どう感じていますか?

「時代の流れとして仕方がない部分もありますが、寂しいというか『違うな』と感じるところもあります。ただ、戦い方が変わっても、ムエタイの本質は変わらないと思っています。僕が憧れたのは、観客の大歓声やポイントをめぐる細かい攻防といった要素もありますが、いちばんは、相手に対するリスペクトや感謝の気持ちです。あれだけ激しく戦っていた相手とも、試合が終わればお互いを称え合う。そこがすごく好きな部分ですし、その精神こそが、ムエタイの魅力だと感じています。その本質はいまも変わっていないと思います」

――最近では、割愛されることもある試合前のワイクルー(戦いの舞い・儀式)には、そういった特別な思いが込められているんですよね?

「ワイクルーには、指導してくれた恩師への感謝の気持ちや、お互い無事にリングを降りられるようにという祈りが込められています。ムエタイの精神を象徴する大切な時間だと思います」

――ムエタイでは、毎月のように試合をする選手もいるほど試合間隔が短いですよね。そのため、お互いにケガをしない、させないという意識もあるのでしょうか?

「もちろん試合なのでお互い倒しにはいきます。ただ、相手が戦意を失ったり、負けを受け入れたと感じた時には、必要以上にダメージを与えるような攻撃はしないですね。そこもムエタイならではですね」

【肘へのこだわり】

――吉成選手の攻撃は多彩ですが、コンビネーションの最後は何で終わるかなど、意識されている事はありますか?

「特に意識しているわけではなく、体が自然に動いていることが多いです。狙って出しているという感じではありません。考えるよりも先に体が反応する感じです」

――吉成選手の肘打ちは、カットによるTKOではなく、KOで試合を決める印象があります。そこにこだわりは?

「肘で相手の瞼や額を切って出血させて試合をストップさせるスタイルもあると思いますが、僕は、相手の顎やこめかみを狙って、ガツンと当てて倒す方がしっくりきます。肘でカットしたことはあまりないんですよ」

――カットではなくKOを狙う理由はなんですか?

「単純に、カットする肘があまり得意ではないというか(笑)。あまりイメージできないんですよ」

――得意じゃないこともあるのが意外でした。肘打ちの練習は対人では試せないでしょうから、ミット打ちが主になると思うのですが、試合で実際に相手に肘を入れたとき、練習とは感覚が違いますか?

「試合では相手の骨に当たるので、硬いじゃないですか。だからこっちも結構痛いですね(笑)。まぁ、でも相手はもっと痛いんだろうなと思います(笑)」

――相手はたまったもんじゃないですよ(笑)

「もらいたくはないですね(笑)」

>>インタビュー後編につづく

【Profile】吉成 名高(よしなり・なだか)
2001年1月8日生まれ、神奈川県横須賀市出身。165㎝・56㎏。エイワスポーツジム所属。幼少期に兄の影響で空手を始め、小学3年時にキックボクシングへ。6年生の頃から本場タイで修業しながらムエタイ選手として実績を積む。2019年、日本人として初めてムエタイ最高峰の舞台である「ラジャダムナン」と「ルンピニー」の統一王者に輝いた。2023年、タイ人以外では初となるラジャダムナンスタジアム3階級制覇という偉業も達成。さらに、タイスポーツ省承認のWMO(世界ムエタイ機構)からはPFP(パウンド・フォー・パウンド)ランキング1位に選ばれ、名実ともにムエタイ界において唯一無二の存在となる。現在、破竹の35連勝中。
3月23日に開催される ONE Championship「ONE 172: 武尊 VS ロッタン」 では、元ルンピニースタジアム王者ラック・エラワンとの一戦が決定。ムエタイの伝統とONE独自のルールが交錯する中、吉成がどのように新たな歴史を刻むのか、世界が注目している。
通算成績は68戦61勝(39KO)6敗1分。