サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニ…

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、「東欧が生んだ智将」。

■その質問に吹き出して「大笑い」

 さて、私はポルトでの滞在4日目の朝食後に、イビッチとのインタビューの約束を取りつけた。イビッチの自宅は故郷のスプリトにあり、妻も2人の娘もスプリトにいた。彼自身は「単身赴任」で、FCポルトが試合前夜に宿泊するホテル「ポルト・シェラトン」の1室で暮らしていた。私自身も同じホテルに宿泊していたので、朝8時半からのインタビューだったが、エレベータで5階から8階に向かえばよかった。

 彼の部屋はごく普通の客室。「スイート」というわけではなかった。通訳なしのインタビューである。彼は電話でコーヒーのルームサービスを頼むと、ベッド脇の窓辺のソファを薦めてくれた。当時54歳のイビッチは小柄でにこやかで、とても気さくな人だった。

「まず、あなたのプロフィールを教えてください」

 その質問に、イビッチは吹き出し、愉快そうに大笑いした。

「この町で、私のプロフィールを聞いたのは、きみが初めてだよ」

 恥をさらすようだが、1987年当時の日本では、欧州のサッカー情報はそう多くはなかった。英国の『World Soccer』誌は定期購読していたが、イビッチの紹介記事や特集記事を読んだ記憶はなかった。そしてイビッチはチャンピオンズカップで優勝した後にFCポルトの監督になった人だったので、私には、ほとんど彼についての知識がなかったのである。欧州カップ優勝時の監督アルツル・ジョルジは、すでにラシン・パリに移籍していた。

■欧州王者を指揮する「キッカケ」は…

 それでもイビッチは丁寧に彼の足跡を語ってくれた。

 そして「ここで優勝できれば、5か国のリーグで優勝という世界で初めての監督になる」と誇らしげに教えてくれたのである。それほどまでの名監督に自身のプロフィールを語らせてしまった不明を、私は大いに恥じた。

「ここへ来たのは、たまたまということかな」と、彼はFCポルトの指揮を執るようになったいきさつを話してくれた。

「たまたま、私はFCポルトの『インターナショナルマネジャー』のルチアーノを以前から知っていた。6月のある日、私がスプリトの自宅にいるとき、彼から電話がかかってきたんだよ。『ミスター、あなたは今フリーですか』」

「前シーズン、私はハイドゥク・スプリトの監督をしていて、カップ戦では優勝したけれど、リーグでは8位に終わり、新シーズンは理事としてチームの統括をする契約を結んでいたんだ。それを話すと、ルチアーノはすごくがっかりした様子だった。だがFCポルトの監督オファーの話だ。『ちょっと待ってくれ、クラブの役員と話すから』と言って電話を切り、会長や役員と話してポルトに行くことを決めたんだ」

「世界中のどんなコーチが、欧州チャンピオンをコーチできるチャンスを逃すことができるだろうか!」と、イビッチは楽しそうな笑顔をして話してくれた。

■ポルトガル・サッカー「強さ」の秘密

 彼の自慢は、「どこに行っても、すぐにその土地やチームになじむことができる」ことだった。「仮に日本へ行っても、私はすぐに日本の生活に適応し、自分の仕事を十分に果たすことができるだろう。どこに行っても、私はまずその国、そのチームに合わせるよう努力をしてきたからだ。チームを自分の考えに持っていくのはそれからだよ」

 そのための「ツール」として、彼は「言葉」を挙げた。英語はもちろんのこと、彼はフランス語もイタリアも自在に使うことができた。ポルトに来てから2か月余りしかたっていなかったが、個人教授で始めたポルトガル語もずいぶん上達し、選手と直接コミュニケーションが取れるようになってきたという。

 彼はポルトガル・サッカーのちょっとした「秘密」も話してくれた。

「ポルトガルではかつて宗主国だったことで、ブラジルは『外国』扱いにはなっていないんだ。ポルトガルのリーグは、欧州とブラジルのサッカーのミックスのようになっている。どのクラブにも4人から5人のブラジル人がプレーしているんだよ」

 当時、欧州のすべての国で「外国人選手枠」があり、多い国で3人だった。1チームに4人、5人ものブラジル人選手がプレーしているというのは、驚きだった。

■監督は「パスポートを見ない」こと

 このシーズン、FCポルトは26人のプロ選手を登録していた。西ヨーロッパ諸国では20人前後というチームが大半で、足りなくなったらユース選手を出場させるという形だったから、少し多すぎるのではないかと思った。

「たしかに多いね。しかし、私が来たときには32人もいたんだ。これでもずいぶん整理したんだよ。でもなぜかはわからないけど、この国では、少しケガをすると治り方が遅いという印象がある。だから選手が多いのかもしれない」

「たくさん選手がいても、必ず『ベストの11人』は存在する。監督に必要なのは、誰に対しても正直なこと、そして、ベストの11人を見抜く力だね。ただ、ひとりの人間としては、全部の選手が満足できるようにはプレーさせることはできないことに心の痛みがある。選ぶこと自体は難しいことではないけど、プレーできない選手が多すぎるというのは、本当に難しい状況なんだよ」

「このようなクラブでは、『監督はパスポートを見ない』ことがとても重要だ。つまり、国籍とか年齢に関係なく、そのときのベストの11人がプレーしなければならないというのが、大原則なんだ。もちろん、実績のある選手を尊重することは非常に大事だ。彼らは過去に素晴らしいプレーをしてきただけでなく、現在も同じレベルのプレーが期待できる。しかし、時には無差別に見ることが、監督の仕事なんだよ」

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