「今季の田中は波が激しく、”いい田中(Good Tanaka)”と”悪い田中(B…

「今季の田中は波が激しく、”いい田中(Good Tanaka)”と”悪い田中(Bad Tanaka)”の両方が顔を覗かせる。今日は”いい田中”だ。好調時の田中は、まるで世界最高のピッチャーのように見える」

 9月29日、ニューヨークで行なわれたヤンキースvsブルージェイズ戦の真っ最中に、ヤンキース戦の名物ラジオアナウンサー、ジョン・スターリングは、そうまくし立てた。少々トゲがある表現ではあるが、実際に、この日の田中は”世界最高”という大げさな形容を使いたくなるような投球を見せてくれた。



シーズン最終登板で13勝目を挙げた田中

 スプリット、スライダーの両方にキレがあり、制球も完璧。5回2死までブルージェイズ打線をパーフェクトに抑え、初安打を許した際には観客席から盛大な拍手が送られた。最終的にはメジャー自己最多となる15三振を奪い、7回を3安打無四球、無失点に封じて4―0での勝利の立役者となった。

 このわずか1週間前、やはりブルージェイズ戦に先発した田中は、5回3分の2を投げて8失点(自責点7)と打ち込まれた。同じ相手との対戦で、短期間にこれほどの違いが生まれた理由はどこにあったのか。

「気持ちの部分でしょう。(前回と比べて)コンディションは大差なかったんですが、ボールを投げる心がまえが違いました。バッターと勝負する際のアプローチが全然違ったので、そこが大きかったと思います」

 29日の試合後に、田中は2試合でのメンタル面の違いを強調していた。よりアグレッシブに”攻め”のピッチングを心がけた結果の快投。そんな姿を取り戻せたのだとしたら、来週から始まるプレーオフに向けて心強く思えてくる。

 今季の田中が、厳しいシーズンを過ごすなかで完璧に近い投球を見せ、完全復活を感じさせたのはこれが初めてではない。4月27日のレッドソックス戦での完封劇、5月26 日のアスレチックス戦での13奪三振、ダルビッシュ有との投げ合いとなった6月23日のレンジャーズ戦での8回無失点、14奪三振で地元ファンを魅了した7月28日のレイズ戦など、好調時には圧巻のパフォーマンスを披露してくれた。

 また、シーズン中に1試合14奪三振以上を2度もマークしたのは、ヤンキース史上で田中が初めて。今季に15奪三振以上を挙げた投手となると、メジャー全体でスティーブン・ストラスバーグ(ナショナルズ)と田中だけである。これらの記録は、28歳の日本人右腕が、依然としてトップクラスの力を保っていることを示している。

 ただ……。今季の防御率は4点台後半。その数字は、冒頭のスターリングの言葉通り、好不調の波が極めて激しかったことを物語っている。目の覚めるような快投があった一方、自責点7以上を許したゲームも5戦あった。直近5戦の自責点の推移も「1-7-2-7-0」と、振れ幅が大きかった今季を象徴している。 

「人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみるまで中に何が入っているかはわからない」

 アメリカの大ヒット映画『フォレスト・ガンプ』の中に、そんな有名な言葉がある。甘いのか、苦いのか。贈り物のチョコレートも、蓋を開けてみるまではどんな味がするのかはわからない。昨年までのイメージを吹き飛ばすほどにアップダウンが激しかった今季の田中は、まさにそのフレーズがぴったりと当てはまる。

 ともあれ、レギュラーシーズン最後の先発登板をいい形で終え、これから田中はプレーオフの舞台に臨むことになる。

 ア・リーグのワイルドカード1位を獲得したヤンキースは、地区シリーズ進出をかけ、10月3日に同2位のツインズとワイルドカードゲームを戦う。その試合では、14勝(6敗)を挙げているルイス・セベリーノの先発が確実。今季は4勝2敗と相性のいいツインズを下すことができれば、地区シリーズでインディアンスかアストロズのいずれかと対戦する。

「地区シリーズでは(ソニー・グレイと田中が)2人とも先発する。どちらが1戦目、2戦目に投げるかは問題ではない。それはこれから話し合うことになる」

 29日のブルージェイズ戦後、ジョー・ジラルディ監督はそう語り、セベリーノ、トレード期限ギリギリに獲得したグレイと共に、プレーオフでも田中が先発の軸の1人になることを示唆した。

 13勝12敗、防御率4.74という田中のレギュラーシーズンの成績は満足できるものではなく、乱調の可能性を危惧する声は消えないだろう。だが、たとえそうだとしても、チーム内で不可欠な存在であることに変わりはない。

 大舞台で”いい田中(Good Tanaka)”が続けて出現しない限り、ヤンキースが勝ち抜くことは考え難いのが現実だ。地元ニューヨーカーの目が一身に注がれるポストシーズンで、試練を乗り越えてきたエースは、よりよい結果を出すことができるか。

『フォレスト・ガンプ』の「人生はチョコレートの箱のようなもの」というフレーズには、”いいことも、悪いことも、すべてを引っくるめて贈り物なのだ”というメッセージが込められているのだろう。混じり気のない上質なチョコレートは、得てして口に苦し。田中が波乱万丈の2017年を”価値ある贈り物”と捉えるためには、最後に納得できる答えを示す必要がある。

 少しずつ肌寒くなり、秋の決戦ムードが高まるニューヨーク。この時期に活躍すれば、すべての苦しみは清算されておつりがくる。田中が織り成すドラマチックなハリウッド・エンディングを、多くのヤンキースファンが待ち受けているはずである。