埼玉栄に「ダルビッシュ2世」が入学してきた――。 そんな噂を1年半前から耳にしていた。そして今秋、埼玉栄の試合を実…

 埼玉栄に「ダルビッシュ2世」が入学してきた――。

 そんな噂を1年半前から耳にしていた。そして今秋、埼玉栄の試合を実際に見てみると、「ダルビッシュ2世」はいなかった。ただし、誰かと重ね合わせなくても、投球練習をたった1球見ただけで「ただ者ではない」と確信できる右腕はいた。おそらくもう一皮、もう二皮剥ければ、来秋のドラフト1位を狙えるはず。その投手の名前は「米倉貫太(よねくら・かんた)」といった。



プロも注目する埼玉栄の本格右腕・米倉貫太

 スラリと伸びた長身、しなやかな腕の振り、リリース後に右腕が左脇を通り過ぎて背中まで届く力強いフィニッシュ。そのポテンシャルの高さは十分に伝わってきた。

 埼玉栄には他にも嶋田航という本格派左腕がいて、打線も渡部壮大ら強打者が並ぶ。個々の能力の高さは全国でも指折りだろう。

 だが、埼玉栄は今秋の埼玉大会準々決勝で新鋭の山村学園に2対5で敗れた。試合後、67歳のベテラン指揮官・若生正廣監督は落胆した表情で敗戦の弁を述べた。

「バッテリーも打線もランナーがいないときはいいけど、プレッシャーがかかると弱いよね……。米倉はランナーが出るとキャッチャーのパスボールが怖くて(ボールを)置きにいっちゃう。信頼関係ができてないんだな。夏にたくさん練習して、体を大きくしてパワーもついてきたけど、うまくいかないね……」

 米倉は0対2と2点ビハインドの3回からロングリリーフ登板し、7回を投げて6安打7三振1四球3失点(自責1)。まずまずの内容だったが、要所で失点を重ねてチームを勝利に導くことはできなかった。

 試合後、米倉は涙こそ見せていなかったものの、放心状態で立ち尽くしていた。声を掛けると、か細い声で「ここまでやってきたことが生かせなくて……」と絞り出した後、過激とも思える言葉を口にした。

「ムダなことをしたと思います」

 その言葉の真意を聞くと、米倉はこう言葉を紡いだ。

「これまでコントロールを意識してやってきて、トレーニングを積んできたんですけど、ここぞという場面で打たれて……。自分としては準備してきたつもりでしたが、結果として足りなかったのかなと思います。いいボールと悪いボールの差がありました」

 いいボールと悪いボールの差――。米倉の現状はこの一言に尽きる。しっかりと指に掛かったボールは、捕手に向かって鋭く加速していくような素晴らしいキレがある。しかし、その球が長く続かない。抜けたような球筋がベルト付近に集まっては、痛打されるシーンが目立っていた。

 そしてもうひとつ。米倉本人も「体の開きが早い」と口にするように、フォームにも改善の余地がある。体重移動で半身(はんみ)の時間を長くできれば、米倉の柔らかさがより生きてくるはずだ。

 さらに若生監督は別の視点から米倉の課題を語る。

「闘争本能が全然ないんだよな。今どき珍しいくらい、人間的にいい子なんだけど、それが勝負の世界でいいことなのかどうなのか……。あれだけのボールを持っていたらさ、普通は『打てるものなら打ってみろ』と投げて、打たれないものじゃない。入学した頃に比べれば少しは強くなっているけど、まだまだ。持っているものからすれば、まだまだ物足りないですよ」

 米倉のなかに投手としての闘争本能が宿るかどうか……。現段階でもプロ垂涎の逸材であることに間違いない。だが、ドラフト1位で指名されるほどの存在になるには、越えなければならないハードルはたくさんある。

「今年は夏の暑いなかで1日も休まずに練習して、球のスピードやコントロールが変わってきて、夏の練習試合で東海大菅生を相手に初めて9回を投げることができて(1対4で敗戦)、少しずつ自信がついてきました。これからはランナーが出ても焦らず本来のピッチングをすること。キャッチャーの配球の意図を理解できるようにすることを課題にしていきます」

 最後に自身の課題を口にした米倉貫太。一回りも二回りも大きな存在感をまとって春のマウンドに帰ってきたそのとき、来秋のドラフト戦線は大きく動き始めるに違いない。