巨額のマネーが動くサッカー界。だが、どんな大金にも、心を動かされない選手がいる。サッカージャーナリスト大住良之は、サッカー日本代表・三笘薫の「決断」にエールを送る。■移籍金が3年半で「30倍」に! サウジラビア・クラブによる三笘薫への超高…

 巨額のマネーが動くサッカー界。だが、どんな大金にも、心を動かされない選手がいる。サッカージャーナリスト大住良之は、サッカー日本代表・三笘薫の「決断」にエールを送る。

■移籍金が3年半で「30倍」に!

 サウジラビア・クラブによる三笘薫への超高額オファーをめぐるニュースは、この冬、最も好ましいものだった。

 アルナスルによるイングランドのブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンに対する三笘移籍のオファーは、日本円にして100億円を超すもの(6500万ユーロ)だったと伝えられ、それを拒否されると40%近く上乗せ(9000万ユーロ)してきたらしい。それをブライトンと三笘は蹴ったというのだ。

 三笘は2021年8月に、川崎フロンターレからブライトンに移籍。移籍金は300万ユーロ(当時のレートで約3億9000万円)だった。ブライトンは三笘をベルギー1部に昇格したばかりのロイヤル・ユニオン・サンジロワーズに即座に貸し出し、1シーズンプレーさせた後に2022年夏に呼び戻した。

 イングランドの2022/23シーズン開幕直後はサブだったが、三笘は次第に実力を発揮、10月には完全なレギュラーとなってブライトンの攻撃を牽引。世界のトップ選手が集まるイングランド・プレミアリーグでもスターのひとりとなった。このシーズン、三笘の活躍でブライトンは6位の好成績をおさめ、翌2023/24シーズンも11位と奮闘した。

■年俸10倍よりも「重要なこと」

 わずか300万ユーロでの獲得だったうえに、これまで2シーズン半もチームの攻撃に不可欠な活躍を見せ、「日本」という、クラブにとっての新市場も大きく開拓してきた三笘は、すでにブライトンに大きな利益をもたらしている。そのうえに9000万ユーロ、主力選手級を4、5人買える金額でのオファーは、純粋に「ビジネス」の面からみれば、断るほうがおかしいほどのものだ。当然、現在500万ユーロ(約8億円)と言われている三笘の年俸も、数倍、あるいは10倍近くに跳ね上がっただろう。

 だが、ブライトンと三笘は、敢然として断った。それは三笘の考えを反映してのものだったに違いない。

「サッカーをしている理由をしっかり考えなくてはいけないですし、高いレベルの中でプレーすることのほうが重要だと考えています」(2月1日のノッティンガム・フォレスト戦後の三笘のコメント=2月3日「サッカーダイジェストWEB」掲載)

■信じがたい「愚行」と非難の声も

 20世紀後半にアメリカの若者たちに大きな人気を持っていた作家カート・ヴォネガットの『ジェイルバード』という小説(1979年発表)に、「転轍手の居眠り」という「小説内小説」が出てくる。

 天国の門の外にある巨大な受け入れセンターに、公認会計士や投資顧問やビジネス・マネジャーが詰めていて、やってきた人に「天国に入るためには、地上のあなたに与えられたビジネスの機会を、あなたがどれだけうまく活用したかについて、完全な報告書を提出しなければならない」と言う。そして、さまざまなカネ儲けの機会を逃した人に、うんざりしきった声でこう言う。「ほら、そこでもあなたはまたやったんです――転轍手の居眠り(『だいじなときに注意を怠る』という意味の言いまわし)をね」(浅倉久志訳、早川書房刊の本から要約)

「転轍手」とは、鉄道の線路を分岐させて車両を別の線路に導く係員のことである。この小説は現代の「自由経済」への痛烈な批判がテーマになっているのだが、ブライトンの経営者と三笘は、間違いなく会計士から「転轍手の居眠り」と非難されるに違いない。

 天国の会計士たちだけではない。移籍サイトの「Transfermarkt」は、三笘薫の現在の「市場価値」を4500万ユーロ(約72億円)としている。その倍に当たる9000万ユーロのオファーを断るなど信じがたい愚行と非難する声も高い。(2)に続く。

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