スキージャンプ男子のワールドカップ(W杯)で通算32勝を誇る小林陵侑(チームROY)が今季、苦しんでいる。 2月2日のW杯個人第19戦までで最高は5位と振るわず、連覇を狙った伝統の「ジャンプ週間」も総合15位に沈んだ。 ただ、そこに悲壮感…

 スキージャンプ男子のワールドカップ(W杯)で通算32勝を誇る小林陵侑(チームROY)が今季、苦しんでいる。

 2月2日のW杯個人第19戦までで最高は5位と振るわず、連覇を狙った伝統の「ジャンプ週間」も総合15位に沈んだ。

 ただ、そこに悲壮感はない。

 「ジャンプはやっぱり楽しんで飛ぶもの。あの時もそうだったから」

 28歳は、1年後に迫ったミラノ・コルティナ冬季五輪では見る者を魅了するジャンプを、と思い描いている。

 「あの時」とは、小林がアイスランド北部アークレイリの斜面を舞台に、ジャンプの「世界記録」に挑んだ昨年4月のことだ。

 従来の最長記録はシュテファン・クラフト(オーストリア)が2017年にマークした253・5メートル。小林の挑戦に、世界的な飲料メーカー「レッドブル」なども協力した。前例のない巨大ジャンプ台に適した山を世界中から探し出し、高低差360メートル、全長950メートルの特別な台が造られた。

 失敗してけがをすれば、選手生命に関わるかもしれない。「無謀だ」など、冷ややかな反応も少なくなかった。それでも「ジャンプをもっと盛り上げたい」。小林に迷いはなかった。

 最後の7本目。踏み切りスピードは、北京五輪で個人ノーマルヒルの金メダルを決めたジャンプより約20キロ速い107キロに達した。

 「普段の大会でめざす、90点台のジャンプができた」

 踏み切るタイミング、飛行姿勢など磨いてきた技術の全てを詰め込んだ8秒間の滑空後、291メートル地点に着地した。

 挑戦は長年の夢だった。

 世界で活躍するトップジャンパーになれば、競技の人気は高まると信じていた。が、現実は厳しかった。五輪でメダルを取っても、国内大会の観客数は相変わらず。

 枠に収まっていては、人の心を引きつけられない。そこで、競技を始めた小学3年の頃に空想した「ビッグジャンプ」を形にするため、五輪翌年、8年間所属した土屋ホームを退社。日本ジャンプ界の未来の一端をこの挑戦に託そうとした。

 そして、見事に291メートルの「世界最長」を成功させた。

 小林は言う。

 「メダルや順位を争う五輪とは、懸けている思いが違う。見る人が競技とは違う何かを感じたり、興味を持ったりして、会場に足を運ぶきっかけになればうれしい」(榊原一生)