群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(1)話題の新鋭校・エナジックスポーツ高等学院(中編) 廃校になった小学校の跡地に開校したエナジックスポーツ高等学院。グラウンドは荒れ果て、しかも思う存分野球を楽しめるほどの広さもない。そんな環境のなか、エナジ…
群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(1)
話題の新鋭校・エナジックスポーツ高等学院(中編)
廃校になった小学校の跡地に開校したエナジックスポーツ高等学院。グラウンドは荒れ果て、しかも思う存分野球を楽しめるほどの広さもない。そんな環境のなか、エナジックスポーツは昨年秋の沖縄大会、九州大会で好成績をあげ、3月に開催されるセンバツ大会出場を果たした。躍進の秘密に迫った。
廃校になった小学校の跡地に開校したエナジックスポーツ
photo by Nakajima Daisuke
【周り協力なくして強化はできず】
「私学は寄付を受け入れて、それを学校運営に充てることができるわけです」
副学院長も務める神谷嘉宗監督が、進行中のプロジェクトを案内してくれた。
2022年には敷地内に室内練習場が完成。2024年に高校から約200mの場所に新築された寮は2人1部屋で、各部屋にシャワーとトイレ、洗濯機と冷蔵庫が備えられている。グラウンドの隣にあるウコン農園の用地を確保し、農業振興地域の除外申請が通り次第、球場を建設する予定だ。
学校周辺にはエナジック社のロゴのついた建物が多くあり、地元住民のためにコンビニやレストランもオープンさせた。過疎化の進む町は、企業の財力に支えられている。
ある意味、恵まれた環境の新設私学だ。神谷監督は着任当初、「3年以内に甲子園に行く」と確信を持って宣言したのだろうか。
「自分に発破をかけて、周りにも『甲子園に行くぞ』と思い込ませて協力させる。そうして選手が来てくれる。監督が強い気持ちでアピールしながら先頭を突っ走らないと、周りは協力しないですよ。弱い大将にはお金も出さないし、協力者も集まらない。ホラでもいいから一生懸命行動で示して、突っ走れば誰かが応援してくれる。運良く、まだ3年終わってないから(笑)」
1期生15人のうち、「いい選手は来なかった」と神谷監督は振り返る。いくら野球に集中できる環境と言っても、得体の知れない新設校に有力選手はなかなかやって来ない。
3年時秋にドラフト指名された龍山は読谷ボーイズ出身で、神谷監督は浦添商の頃から縁があった。監督、そして教員としての長いキャリアで、信頼を勝ち得ていたのだろう。
沖縄の公立高校を鍛え上げてきた神谷監督は代名詞の機動力野球に加え、その高校独自の文武両道を追求することで知られる。たとえば55歳で美里工に赴任すると、熊本工や福岡工、佐世保実など九州の有名校を回り、工業高校ならではの文武両道を見つけ出した。
「第一種電気工事士などの資格を取れば、トヨタ自動車や神戸製鋼、東京ガスや東京電力など、錚々たる会社に高卒で入れるとわかったんです。しかも、周囲より給与も2、3割高い。資格を持っていて、野球部だったら引く手あまたなんです」
当時の美里工業は、いわゆるヤンチャな生徒ばかりだった。部員たちは「甲子園を目指しているのに、なんで勉強ばかりさせるの?」と不満をこぼしたが、資格を1つ取ると自信を膨らませ、次も取ろうと意欲を示した。
野球部は結果を残し、卒業生は有名企業に就職していく。「工業高校に行けば幸せになれる」という口コミが広まり、門をたたく新入部員が増えていった。
「進学を目指すことだけが、学ぶことではない。野球だけではもちろんメシが食えないので、将来生きる力をつけるために高校がある。私たちは野球を通して何ができるか。そこを考えた時に、その学校ならではの取り組みがあると思う」
【エナジック流の文武両道】
2021年、エナジックスポーツは通信制として開校した。全日制は校舎の数や面積、職員の数など文部科学省の設けるハードルが高く、すぐにクリアできなかったからだ。
2年後、3学年揃う頃には全日制も併設させようと計画し、野球部員は1年時から全日制のカリキュラムで授業を進めた。そして2024年、予定どおりにスタートする。
それでも周囲には「通信制だから」と色眼鏡で見られ、校名から「野球ばかりしているのでは」と考えられがちだが、神谷監督は「うちは相当勉強しているよ」と自負する。
たとえば朝6時の練習前、部員たちは約1時間前に起きて自習する。6時半まで練習して7時から朝食をとった後、再び勉強してから教室に行き、20分間英語のコミュニケーションを学んで9時10分の1時間目に臨む。
その成果は、1期生全員が情報処理検定1級、プレゼンテーション検定1級を取得したことだ。体育に特化した高校だが、エナジック流の文武両道を追求している。神谷監督が説明する。
「プロに入っても、3年くらいで辞める選手はけっこういる。そのあと、資格を持っていれば、履歴書に書けて採用でもプラスになる。野球をずっと頑張ってきて根性やマナーがあれば、いい会社に入りますよ。その後も頑張る心を持っているから、幸せになる。僕はそう思っています」
全日制でスポーツに特化したい高校生には、体育科体育コースという道がある。神谷監督は中部商時代、体育に特化した「生涯スポーツ科」を立ち上げた張本人だ。
エナジックスポーツも同様のカリキュラムで、午後は「スポーツⅡ」や「スポーツⅣ」「体育」「部活動」などにあてられている。その授業のなかで野球やトレーニングを選択し、甲子園やその先を目指しているのだ。神谷監督が続ける。
「今は、本人が『これがいい』と思ったことを選択できる時代です。一概に『この学校は勉強しないでどうなのか......』という問題ではなく、自分に合った学校を選択して、いかに夢を持って頑張るかが重要です」
沖縄では先に挙げた中部商や、進学校の那覇西にも体育系のコースがある。全国的にも、決して珍しい道ではない。
ではなぜ、エナジックスポーツは創部3年で甲子園にたどり着けたのか。その答えは、小学校の校庭くらい狭いグラウンドにあった。
つづく>>