中国・香港で17日に開幕する「視覚障害者ボウリング」の世界大会に、視力が低下する難病を持つ尾形真実さん(54)=宮城県気仙沼市=が日本代表として初出場する。メダル獲得を目標に、仲間たちとともに練習に励んでいる。 丁寧にフォームを確認しなが…
中国・香港で17日に開幕する「視覚障害者ボウリング」の世界大会に、視力が低下する難病を持つ尾形真実さん(54)=宮城県気仙沼市=が日本代表として初出場する。メダル獲得を目標に、仲間たちとともに練習に励んでいる。
丁寧にフォームを確認しながら、一球一球に力を込める。昨年11月上旬、市内のボウリング場「さくらボウル」で、尾形さんが投球を繰り返していた。
大会に出場するのは尾形さんのほか、いずれも視覚障害を持つ全国各地の30~70代の代表選手5人。この日は合宿の練習日で、尾形さんはコーチの助言を真剣な表情で聞いたり、笑顔で仲間を励ましたりしていた。
気仙沼市出身。仙台市内で就職し、結婚後、地元に戻っていた2013年、目が見えづらいことに気づいた。病院に行くと、視力が少しずつ低下する進行性の難病「黄斑ジストロフィー」にかかっていることがわかった。
徐々に目が見えづらくなり、今の視力は0・01ほど。視界はぼんやりしており、目の前の人の性別が判別できる程度だ。
勤務先の調剤薬局では、処方箋(せん)を読むのに拡大鏡が欠かせなくなった。30代のころから地域のバレーボールクラブの選手として活躍していたが、ラリー中のボールの位置が分からなくなり、選手でなく、クラブの運営に専念するようになった。
日常生活に支障を感じ始めていた2015年、近くでオープンしたのが、さくらボウルだった。元々は別の場所にあり、以前は家族や友人とよく遊びに行っていたが、2011年の東日本大震災の津波で被災。4年ぶりの再開で、バレー仲間たちと通うようになった。
ボウリングはピンの大きさやレーンの長さは一定だ。動いているものを狙うわけではないため、視力低下にかかわらず、練習すればするほどピンが倒れるようになった。「これだったら自分もできる」と思った。
老若男女が通い、にぎやかな声と音が絶えないさくらボウル。尾形さんは持ち前の明るさで常連さんたちとすぐ仲良くなった。周りや支配人の勧めで、一昨年、東京であった視覚障害者ボウリングの全国大会に参加。初出場ながら、三つあるクラスのうち、最も視力が高い「B3」のクラスで3位に入賞した。
それからもボウリングの練習を続けた。もっと右に立ってみたらいいんじゃないか、靴を半歩前に出してみたら――。常連さんたちの「もっと上を目指して頑張って」の声に一生懸命応えながら、昨年9月にあった全国大会では「B2」のクラスで好成績を収め、選考会を兼ねた合宿を経て日本代表に選ばれた。
視覚障害者のボウリングでは、最も視力が低い「B1」と、その次に低い「B2」の選手は、レーン前に置いた手すりで方向を確認しながら投球できる。倒れたピンやボールの軌道についての情報は補助者から聞き、立ち位置や体の向きを調整することも可能だ。
「目が見えない、見えにくい人でも楽しめる。一方で、自分のメンタルやその日の調子に左右されて、簡単にうまくなれないところも魅力です」と尾形さん。
世界の舞台に立ち、メダルをめざす。ただ、目標はそれだけではない。「病気や障害があって、内にこもりがちになる人が実はたくさんいると思う。ハンデがあっても、できることがあるんだということを伝えたい」(阿部育子)