今大会で103回目となった全国高校サッカー選手権大会は、年々進化を遂げている。近年進んでいるのは、相手チームへの対策をとるための"分析"だ。 今は各試合や各都道府県の予選決勝まで、無料配信動画サービスで見ることができる。SNSを検索すれば…
今大会で103回目となった全国高校サッカー選手権大会は、年々進化を遂げている。近年進んでいるのは、相手チームへの対策をとるための"分析"だ。
今は各試合や各都道府県の予選決勝まで、無料配信動画サービスで見ることができる。SNSを検索すれば、観客席から撮影した映像も瞬時に出てくる時代だ。また、AI搭載カメラが普及し撮影も手軽に行なうことが可能で、分析ソフトの導入も進んでいる。高校年代であっても、しっかり相手を分析したうえで試合に挑むのが当たり前になってきた。
流通経済大柏対大津の3回戦。お互いに「分析」の跡がうかがえる戦いだった
photo by Morita Masayoshi
【相手のよさを消し、自分たちの強みを出す】
システムやボールの動かし方、プレスのかけ方、守り方、選手の利き足や特徴など、分析内容は多岐に渡る。ピックアップした情報を自分たちの戦い方に落とし込み、相手のいいところを消して、自分たちのストロングポイントを出す。その結果、見どころの多い試合が増えている。
2年前の高校サッカー選手権でベスト4進出を果たした神村学園(鹿児島県)が、分析を躍進につなげた代表的な例かもしれない。普段は少ない指導スタッフでやりくりしているため、分析に多くの時間を割けないが、この年は学校の協力もあって大会前に分析担当のスタッフを増員し、対戦相手の分析を入念に行なえたことが大きかったという。
今年度の出場校で、分析によって持てる力を最大限に発揮したチームの代表は京都橘(京都府)だ。今年度は新人戦、インターハイで府内のタイトルを掴めず、プリンスリーグ関西1部でも最後まで残留争いに巻き込まれた。選手権予選でも苦戦が予想されたなか、粘り強く勝ち上がって2年連続での出場権を獲得。
大会後に米澤一成監督が「予選はスタッフが本当に頑張ってくれました。今年はしっかり分析をして臨んだなか、コーチたちがしっかり汗をかいてくれた。毎日、前日までどうするか考えて試合に挑んだ結果が、選手権出場につながった」と若手コーチたちを称えていたのが印象的だった。
帝京(東京都)との開幕戦でも、分析を用いた戦いが機能した。0-1で迎えた後半、FW伊藤湊太(2年)が「東京都予選の決勝を見た感じでは、DFの裏が空くかなと思っていたので、裏を積極的に狙いました」とスペースへの仕掛けを積極的に繰り返して流れを掴み、一時は同点に追いついた。
高川学園(山口県)は選手権などの大きな大会ではスペイン在住の外部コーチが加わり、サッカー部内の「分析部」に所属する選手とともに映像の分析を行なっている。
「うちは静岡学園(静岡県)みたいに攻撃のスタイルを持ち合わせていない。相手を分析して、守備でどう戦うかがウチのスタイルになりつつある」と話すのは江本孝監督で、初戦の青森山田戦では前からプレスをかけて相手にロングボールを蹴らせ、そのこぼれ球を拾う戦いが機能した。
セットプレーに関しては守備の対策は行なうが、攻撃に関しては選手の自由な発想に委ねている。ただ、選手たちが3年前の選手権で話題となったトルメンタ(複数の選手が手をつないで円を作り、ぐるぐる回ってからゴール前へ入り相手のマークを外す)の練習をしていたため、江本監督は「3年前の選手権準決勝では青森山田にセットプレーを一切させてもらえなかったから、機会があればやってほしいな」とお願いしていたという。
すると、後半開始直後にCKの機会を得ると、トルメンタから先制点をマーク。
「久しぶりにトルメンタをやってみたから、青森山田はうちのセットプレーをそこまで意識していなかったと思う」(江本監督)
相手が対策していなかったプレーが、効果的だったのは間違いない。
【スタッフは寝る間も惜しんで分析に励む】
普段のリーグ戦は、1週間ごとのサイクルで試合を行なうため分析にも余裕があるが、選手権を始めとした全国大会は短期決戦であるため、時間との戦いでもある。
米子北(鳥取県)の場合、プレミアリーグWESTでは選手自身が自チームと次に戦うチームの分析を行ない、気づいた点をミーティングで伝えているが、選手権の場合はそうはいかない。同時刻で行なわれる次の対戦相手の試合をコーチや選手が撮影しながら、気になる点を同時進行で挙げていくのが全国大会での分析方法だ。
試合を終えたばかりの中村真吾監督も、休む間もなく送られてきた映像を会場から宿舎へと帰るバスの中でチェックし、気になる箇所を切り取っていく。
連日の戦いが続くインターハイの場合は、試合の日の夜のミーティングで分析した映像を流せるように間に合わせている。選手権は中1日空くため幾分楽ではあるが、なるべく夜の間に分析を進めて、翌朝のミーティングで選手に映像を見せたうえで、昼の練習で対策を落とし込む。
以前、選手権での優勝経験を持つ監督が「今の時代の指導者は忙しい。俺らの時代は試合に勝てば『祝勝会だ!』と言って飲みに行っていたけど、そうはいかない。目の前の試合が終われば次の試合の分析が待っていて、時間がない」と話していたが、昔と今では指導者の過ごし方は様変わりしている。
昨年度の選手権で準優勝を果たした、近江(滋賀県)の前田高孝監督のコメントを思い出す。
「選手権って中1日なんですけれど、結構忙しくて。助けられたなというのが、ブラックサンダーとコーヒーとレッドブル。この"三種の神器"で僕は乗りきりました」
大げさな話ではなく、監督を含めたスタッフ陣は寝る間も惜しんで分析に励み、試合に挑んでいるのだ。
ただ、実際に試合を行なう際は、すべてが分析どおりにうまくいくとは限らない。米子北は1回戦で前橋育英高校と対戦したが、中村監督が気になっていたのは、相手の右サイドバックに入ったDF瀧口眞大(2年)だったという。選手に映像を見せて警戒してはいたが、「あそこまで高い位置に上がるとは思わなかった」(中村監督)。
前半19分に先制点を許したのは中盤からのサイドチェンジで、瀧口が右サイドの高い位置を取り、ゴール前に入れたボールをFWオノノジュ慶吏(3年)が合わせた形だった。
米子北の強みである中盤でのセカンドボールの奪い合いでも、前橋育英は一歩も引かず、持ち味を発揮させてくれなかった。そうした要点を抑えたうえで、試合のなかで感じた相手のウィークポイントや変化を突くことのできるのが前橋育英だった。
「試合のなかで修正する力が、前橋育英は一流だと思う。百戦錬磨のチームは試合中に修正できる。相手のいいところを消して、自分たちのストロングを出すのがスカウティング。それが駄目だったら、どう変化させるかまで考えておかないといけない」(中村監督)
【強いチームは対策されても打開できる】
プレミアリーグに所属するチームは試合が中継される機会も多く、対戦したチーム同士で映像の共有もしているため、他チームに見られる回数も多い。「僕らは露出が多い」と山城朋大監督が話した大津(熊本県)は、今大会でも特に対策されたチームだろう。
それでも、「相手がどう対策してくるのか、やってみないとわからないのですが、大津の強みを消されるのは想定して、ふたつ目、三つ目の攻撃の狙いどころは準備してきた」(山城監督)とのことで、徹底的に対策されても1、2回戦は突破できた。
しかし、3回戦で対戦した流通経済大柏(千葉県)は、そう簡単に攻撃をさせてくれなかった。そして、大津が前から奪いに行くようなボールの動かし方をして、空いた背後のスペースを狙う形でゴールを奪ったのは流石だった。
敗戦を受けて、山城監督はこう口にする。
「対策を上回るボールの動かし方や崩し方を追求しないといけない。それに、勝ち上がっているチームは、研究されても打開できる個の力を持った選手がいる気がします」
ベスト4に進んだチームは、相手に対策されても臨機応変に対応できるうえ、対策を個の力で打開できる選手も揃っている。準決勝、決勝も、見どころの多い試合になるのは間違いない。
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