「陽の目を浴びていない場所に光を」という趣旨で、2022年に冬の沖縄を舞台に始まった『ジャパンウインターリーグ(JWL)』。3回目となった今回も、2024年12月19日に全日程を終えた。 計14の国と地域から、過去最多の143選手が参加。西…

「陽の目を浴びていない場所に光を」という趣旨で、2022年に冬の沖縄を舞台に始まった『ジャパンウインターリーグ(JWL)』。3回目となった今回も、2024年12月19日に全日程を終えた。

 計14の国と地域から、過去最多の143選手が参加。西武、楽天、DeNAの育成選手や台湾の統一ライオンズと中信兄弟の若手、2025年3月に開催されるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)予選のメンバー選考と強化を見据えて26選手を送り込んだ中国代表候補の精鋭たち、そして契約を求めてアメリカやヨーロッパから来日した海外の選手たちが集い、グラウンドでは日本語、英語、スペイン語、中国語、台湾語など多彩な言葉が飛び交った。


沖縄で開催されたジャパンウインターリーグに単身で参加した韓国プロ野球の朴治国

 photo by Nakajima Daisuke

【通訳なしで韓国から単身来日】

 そんななか"異質"の存在が、韓国人の右腕投手・朴治国(パク・チグク)だった。

 2017年2次ドラフト1巡目で斗山ベアーズに入団すると、17歳で韓国プロ野球(KBO)デビュー。通算8シーズンで60試合以上登板を4度果たしている26歳の鉄腕だ。

 年俸は1億3000万ウォン(約1400万円)で、沖縄のウインターリーグにやって来た選手たちのなかでは明らかに"格上"と言える。実際、JWLのマウンドではサイドハンドから140キロ台後半の強い球を投げ込み、相手打者を力でねじ伏せていた。

 そうした実績以上に驚かされたのは、言葉の壁が立ちはだかるなか、朴は通訳なしで単身来日したことだ。英語を少し理解するものの、それほど流暢ではなく、翻訳アプリで周囲の選手やコーチたちとコミュニケーションを図っているという。

 たしかに現在、AIの発達で翻訳アプリの精度は極めて高い。たとえば英語でインタビューした音源を文字起こしアプリに入れると、完璧に近い精度で文章化してくれるほどだ。

 はたして、非英語圏の外国人選手へのインタビューは限られた英語と、翻訳アプリで成り立つのか。JWLの開催期間中、取材を申し込んでみた。

「インタビュー? Oh my god......」

 試合をベンチで見ていた朴に英語でお願いすると、少々困惑した様子だった。だが隣で見ていた日本人選手が猛プッシュしてくれ、試合後に話を聞けることになった。

── 私はあなたにすごく興味を持っています。

 朴が使っている翻訳アプリを出してもらい、日本語で吹き込む。

「カムサハムニダ」

「ありがとう」と「こんにちは」は、筆者の知っている数少ない韓国語だ。続けて、日本に来てプレーしようと思った理由を、アプリを通して尋ねた。

「Next season, release point(来年、リリースポイント)」

 朴は英語で答える。リリースポイントを変えたいということだろうか。英語で質問すると、「Yeah(うん)」と答えた。

 続けて英語でやりとりしようと試みたが、うまく伝わらず、再びアプリを通じて日本語で質問した。

── リリースポイントを変えたいと言っていましたけど、今シーズン、KBOではどういうリリースポイントで投げていたんですか?

 朴がアプリにハングルで打ち込むと、日本語に翻訳された。

「スリークオーター、サイドアームを行ったり来たりしました」

 おお! 日韓の言葉をこれくらいの精度で訳してくれるなら、十分に取材ができそうだ。沖縄で朴は右サイドから投げているが、来季も同じように投げていきたいと言う。

 朴の2024年のスタッツを見ると、52試合に登板して2勝3敗1セーブ、3ホールド、防御率6.38。前年は62試合で5勝3敗2セーブ、11ホールド、防御率3.59だったが、大きく悪化している。その理由は「アームアングル(腕の高さ)」が固まらなかったからだろうか。

 以上を英語で尋ねると、朴は「Yeah」と答えた。沖縄のウインターリーグにやって来たのは、明確な目的があったわけだ。

【野球は共通言語】

 それにしても、日本語を話すわけではないのに通訳なしで単身来日するとはすごい。たとえば、朴と同じくらいの実績がある日本人投手が、ひとりで外国に行ってプレーするのはなかなか考えにくいことだ。

 でも、不安はなかったのだろうか。

「Oh、大丈夫、大丈夫」

 朴は日本語で答えると、翻訳アプリにハングルで打ち込んだ。

「大丈夫。野球選手たちは、野球で通じるから」

 たしかに、野球は各国の選手たちにとって"共通言語"だ。普段の会話は片言の日本語と英語で行なっているというが、どうやって日本語を学んだのか。アプリを通じて尋ねた。

「Japan came, my team(日本に来た、私のチーム)」

 なるほど! そう言えば、朴の所属する斗山は春季キャンプで宮崎や沖縄に来ている。朴がスマホのアプリに何やら打ち込んだ。

「単語をここに書いて発音を勉強しました」

 見せてくれたスマホの画面には、日本語の発音の仕方がたくさん書かれている。朴はそのなかから、特に好きだという日本語を口にした。

「数字も学んでいます。1、2、3、4......」
「タクシーお願いします」
「おはよう」
「お疲れ様です」
「1つお願いします」

 日本語はキャンプで宮崎や沖縄に来た際、英語は「Duolingo」というアプリで学んでいるという。通訳なしで単身来日するような選手は、陰でコツコツと努力しているわけだ。

【将来は日本でプレーしたい】

 だが、野球のレベルについては物足りなくなかったか。JWLはNPBでたとえると三軍程度で、守備のイージーミスも散見された。

「レベル?」

 翻訳アプリを介して質問したが、細かいニュアンスが伝わっていない様子だ。そこで「レベル、実力」と日本語で言うと、朴は日本語をつぶやいた。

「うん。沖縄県、リーグ、ああ」

 今度は英語で伝えてみる。

── Okinawa league is not as good as KBO.(沖縄のリーグはKBOほどレベルが高くない)

 朴は「Yeah」と頷く。今度は翻訳アプリで「このリーグに満足できましたか?」と質問した。朴はハングルで打ち込み、日本語に訳す。

「私はそれをテストしに来たのではない。自分の投球をしに来た」

── You are very smart!(君は賢いね!)

 朴は笑顔を見せると、再びアプリにハングルで打ち込み、「来季に備えるために参加した」と翻訳された日本語を示した。

── その目的はここで果たすことができましたか?

「はい」

 日本語で答えた朴に「100%?」と英語で聞くと、「90%」と返ってきた。残りの10%は何が足りなかったのか。再び翻訳アプリで質問する。

「私の変化球をもっとテストしてみたい」

 アプリでそう示した朴は、日本語で「変化球、ツーシーム、スライダー、カーブボール、チェンジアップ」と答えた。たしかに試合中、速球に織り交ぜるスライダーやツーシームのキレは、さすがKBOで豊富な実績を誇るだけあると思わされる球質だった。

 片言の英語と日本語、そして翻訳アプリで、会話は一応成立した。朴は日本食ではカツ丼が好きで、米津玄師の『Lemon』や松田聖子の『青い珊瑚礁』(翻訳アプリでは「ブルーサンゴ礁」と示された)をよく聴いているという。

 KBOの鉄腕は爽やかな笑顔のナイスガイで、沖縄も気に入った様子だった。

「みんな若い選手たちだし、とてもよくしてくれて、もう一度来たい気持ちがある」

 翻訳アプリを通じて伝えてきた朴に、最後に今後のキャリアで目指す目標を尋ねた。

「私は自分の足りないことを練習して、研究して、KBOリーグだけでなく、もっと高いところに上がりたい」

── NPB? MLB?

「I like NPB」

 おお! いずれ日本でプレーしてみたいとのことだ。2025年2月には「2025球春みやざきベースボールゲームズ」で西武、ソフトバンク、オリックス、ロッテと斗山の試合が組まれているので、球団関係者や野球ファンには朴治国の豪腕をぜひチェックしてほしい。